第9話 私の知らない未来
「春佳?ここは?」
颯ちゃんの指す、教科書の一部分を覗き込む。どうやら単純な解答で大丈夫そうだ。
「うん。ここは決済期の……」
軽く説明すれば颯ちゃんはすぐに理解してくれる。
「あっそうか……」
「克哉くん。これ頼まれてたノートね」
「おっユッキーサンキュー。おーすげーユッキーのノート。やべぇ超見やすい」
「ありがと」
7月に入ると梅雨時の肌寒さと打って変わり、ジリつくような暑さが続いていた。
そして、寒いくらいに冷房の効いたレストランの店内は、前期試験の準備をする学生で溢れていた。
この、学校近くのファミリーレストランは、24時間営業でドリンクバーが設置され、貧乏学生達の良い避暑地となっている。
経済学部の学生として、この回転率の低さで本当に利益が出ているのか、つい考えてしまう。
先月企画した勉強会の日を迎え、今日は久しぶりに4人が集まった。本当に久しぶりだ。
隣同士、くっつくようにして座る颯ちゃんと雪那ちゃんは、相変わらず仲がいい。
それをあまり考えないように、私は勉強に集中する。
「前期試験が終われば、やっと夏休みか〜早くこねーかな」
「克哉は毎年海外だろ?今年も?」
克哉くんの家は、お父さんもお母さんもやり手の弁護士。所謂お金持ちだ。
毎年お盆と年末年始を海外で過ごし、夏は涼しく、冬は暖かく過ごして帰ってくる。
「あーん。それが微妙なんだよな。妹の高校受験にうちの親、相当ピリピリしてっから、今年の夏は夏季講習に付き合うかも」
「あっ志穂ちゃん?今年受験なんだ」
克哉くんの4つ下の妹。志穂ちゃんは私をお姉ちゃんお姉ちゃんと慕ってくれている。とてもかわいい娘だ
「そっ。あいつももうJKだよJK」
「兄と違って優秀だからな。両親からの期待を一手に集めたか。恨まれるなよ?」
「えっ?俺そこで恨まれるの?まあまじであいつ天才だからな。海外なら飛び級してるレベルで、だから夏期講習もいらんと思うんだけど……」
久しぶりに集まって話題がどんどん膨らむ。
颯ちゃんの笑い声も久しぶりに聞いた気がする。
髪型を変え、眼鏡を外し、お化粧やファッションだって勉強した。
前回の記憶にはないこの勉強会は、たぶんだけど克哉くんが私の変化と想いにはっきりと気がついたお陰。
ちゃんと歴史は変わっている。
私の知らない未来に向かって。
「ねえ?颯真くん?」
雪那ちゃんが、隣に座る颯ちゃんのTシャツの袖を軽く引っ張る。
席順は私の正面に颯ちゃん。右隣に克哉くん。そして颯ちゃんの隣に雪那ちゃんが座っている。
この不思議な配置は、無駄に克哉くんが気を利かせた結果……。
そこまでしなくていいんだよ。克哉くん!
「あ?ごめんごめん。克哉の妹の話な。中3の妹がいるんだけど克哉と違って超優秀。超天才。既に司法試験合格してるから、跡継ぎ問題も関係なし。ああ史上最年少な。だから親から克哉の腹に置いてきた脳みそも吸収したんじゃないかって言われるくらいなんだよ。なっ?」
「そそっ。俺の脳みそを…っておいっ!なっ?じゃねえよ。置いてきてねぇよ。ったく。でもほんとに兄きの俺から見てもヤバイんだよ。俺高3の時の大学受験の時、あいつに勉強教えてもらってたんたぜ……絶対に颯真兄ちゃんと春姉ちゃんのいる大学に合格させるんだって。」
「克哉くんどんまい!」
えっ…っと一瞬引いた表情を見せた雪那ちゃんが笑顔で親指を立てる。
「うわー。ユッキーから謎の励まし頂きました」
「んふふ。克哉くんどんまい」
「春ちゃんまで⁈」
楽しい。雪那ちゃんが颯ちゃんと付き合い始めて、正直どう言う態度を取ればいいか分からなかった。
前の私は諦めた。距離を置いた。
いや……逃げたんだ。
とたんに4人での会話は激減し、私達の4人組はそれぞれの関係性を維持しながら自然に消滅した。
いや、させてしまった。
私は、常に横にいる雪那ちゃんに遠慮して、颯ちゃんと距離を置いてしまった。自分から手放したんだ。
だから私は言い聞かせる。颯ちゃんは雪那ちゃんの彼氏。颯ちゃんは雪那ちゃんの彼氏。と
今までのように幼馴染としての距離感で接する事のないように。
しかし、それでも決して颯ちゃんとの距離を置かず近くにいれるように。
***
「夏季休暇始まったらうちの実家に来ない?」
テスト勉強も一通り終わり、雑談が多くなってきたタイミングで雪那ちゃんが提案する。
「雪那ちゃんちの実家?」
「うん。うちの実家。長野の野尻湖の近くでペンションやっててね。颯真くんには相談したんだけど、人手が足りなくて、ちょっとした手伝いしてくれれば宿泊料はもちろんタダでいいからって。避暑地として有名だからすっごい涼しいし、食事も美味しいと思うんだけど、どうかな?」
また私の知らない未来……。
心の中の懐中時計の針がカチンと1つ進んだ気がした。
「おぉ。野尻湖って言ったら軽井沢並みに有名な避暑地じゃん。行く行く。どう春ちゃん?」
「うん。雪那ちゃんが良ければ……」
「ホントっ!助かる!じゃあお父さん達に連絡入れとくね。料理は凄い美味しいから期待しててね!颯真くんに相談して良かった!ありがとね颯真くん」
「ああ。良かったな」
そう言って颯ちゃんが優しい笑顔を雪那ちゃんに向ける。
「うん」
雪那ちゃんが颯ちゃんの腕にしがみ付いて喜びを表現する。本当に嬉しそう。
でも雪那ちゃんの実家か。
颯ちゃんを紹介するのかな……。
色々な感情がぐるぐる頭の中を巡る。
私は今どんな
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