第8話 忘れられない日

「報告がありまーす」


 6月に入り梅雨を迎え、憂鬱な気分にさせる雨が続き久しぶりの晴れ間がのぞいた日。


 食堂のテーブル席に座る雪那ちゃんが、手を上げ立ち上がった。


 その瞬間。


 ギュッと心臓を鷲掴みにされたような痛みに襲われる。

 知っている。私はこのセリフを知っている。そう今日だったんだ。


 梅雨晴れのこの日、この場所、この時間。私はこの先の言葉を知っている。

 忘れるわけがない。今日この日この時間。


 15:30


(私達付き合う事になりましたー)

「私達付き合う事になりましたー」


 全く同じセリフだ。


 雪那ちゃんが颯ちゃんの肘を持ち上げ、2人で立ち上がり腕を組む。


 別々の運命の、決して変えられない交差点。

 交わることを避ける事の出来ない、運命の日。

 今日は、二人が交際を宣言した日。


 颯ちゃんの隣にいるのが私ではなくなった日


 もっと積極的になるべきだった?


 ゴールデンウィークもずっと一緒に?


 入学式の日に言うべき……


 いや。それは駄目。私と颯ちゃんはただの幼馴染。準備も何も出来ていない。


 様々な思いが頭をぐるぐる巡っていく。


 私自身変わってない。運命を超えられるだけ強くなってない。


 だから。だから。今は!


 奥歯をギュッと噛みしめ、口角を上げ笑顔を作り早くなった鼓動を無理やり抑える。


「うわっ!まじかー。やっぱりなぁ。本命通り颯真だったかー。羨ましいぞ、てめーこのやろーめ」


 克哉くんが颯ちゃんの首を脇で挟み、頭を何度か軽く拳で叩いて二人を祝福する。


「うん。良かったね。二人ともお似合いだよ」


 それでも私は、これしか言えない。2度目の祝福。


 ズキっ……


 うっ…


 頭の奥の方に、覚えのある鈍い痛みが走る。


 そう言えば頭痛が始まったのもこの頃だったな。


 ***


「雨。やまねぇー」


 克哉くんが窓の外を見上げる


 6月も終わりに近づくが、梅雨の雨はなかなか止まない。

 二人が交際を宣言してから、4人で集まる機会は減った。というよりほとんど無くなってしまった。

 付き合い始めの二人は、今が一番大切な時期なのだろう。

 よく二人で、校内を腕を組んで歩いているを見かける。


 克哉くんは、颯ちゃん以外の友達も多く、普段はいろんなグループに顔を出している。

 私も私で、文芸サークルの部室で本を読む機会が増え、こうして克哉くんとも二人になることは久しぶりだった。


「そうだね。もうすぐ7月なのに」


「あのバカップルどもは、どこでもべったりで暑苦しいけどな。夏だ夏。いや梅雨だくか?梅雨だけに。ったく高校生じゃねぇっつんだ」


 克哉くんは、あまりの怒りによくわからない感じになっているみたい。


「そうだね。颯ちゃんも初めてお付き合いするから嬉しいいんじゃないかな」


「なんか。あれだな。俺は、てっきり颯真の奴は春ちゃんとそのまま付き合うのと思ってたけどな」


 ドキリと心臓が大きく一度跳ねる。


「えっ……」


 何を言って…


「はぁ〜。幼馴染っていうのも難儀なもんだな。一途でも恋仲にはなれんもんかね」


「一途?」


 えっ何?

 何を?

 何が?


「一途。髪型変えて、化粧もして、服装だって変わって、コンタクトにして。バレバレ。気づいてないの本人だけだと思うぜ。まぁ前の春佳ちゃん知らんからユッキーは知らないと思うけどね」


 その瞬間。顔がかぁっと熱くなり額に汗がにじむ。

 いつから?いつから分かってたの?


 恥ずかしい。


「えっえぇぇぇ……〜」


 顔を必死に押さえるが、小さく漏れる声までは防げなかった。


「どうすんの?このまま距離置く?それとも俺と付き合って颯真にやきもち焼かせる?」


「ごめんさい。克哉くん……」


 私は反射的に断りをいれてしまう。


「はいっふられた〜。俺、結構本気マジだったんだけど。まあ無理なのは分かってた。うん。」


 そう言って克哉くんは、真面目な顔になった。


「俺は応援するよ春ちゃん」


「うん。ありがと…」


 思えば、前の私にも克哉くんは常に優しく背中を押していてくれてたような気がする。


 あの時の私は、ほとんどお化粧もしてないし、コンタクトにも変えてない。それでも彼は私の気持ちに気付いてくれていたのだろう。今言った理由も私に分かりやすくしただけで…


 私はそれに、いつも応えることが出来なかったんだね。


「そうだ。4人で来月の前期テストの勉強会しようぜ。正直俺がピンチだ……助けて春ちゃん」


「4人……」


 4人で会うの?私はどういう顔すれば

 でも


「そっ。4人。俺から誘っておくからさ」


「うん…私からも颯真くんに話てみる」


「よしっ決まり!んじゃ俺バイトだから。今日は颯真と同じシフトだから、後からきなよ!」


 寄りかかっていた廊下の窓枠から勢いよく背中を離すと、克哉くんは「それじゃあ」と言ってその場を後にした。


 そして残された私は、少しの間2人の事が普通に見れるのかが不安でその場から動けなかった。


 帰りに、2人のいるコンビニに寄って話てみよう。


 ***


「っらしゃいませー。あっ春佳か」


 傘の水を払いマジックテープで纏めていると、自動ドアが反応し、開いてしまう。

 コンビニのアルバイトがだいぶ板に付いてきた颯ちゃんの独特の掛け声が店内に響く。

 克哉くんの言っていた通り、2人がレジにいた。


「おっ春ちゃん。さっきぶり。ちょうど今話してたんだよ」


「勉強会だろ。いいんじゃないかな。高校時代は毎回3人でやってたしな。ちょうど相談しようと思ってたんだ」


「そっか。それなら良かった」


 私は慌てて傘を傘置きに入れ中に入っていく。


「なっ流石腐れ縁。考えてる事一緒。だから春ちゃんも安心しなよ。まぁ今回はユッキーもいるからな。あんまりリア充っぷり見せつけんなよ。それだけで疲れる」


 そう言って克哉くんが疲れた表情で颯ちゃんの肩に手を置いた。


「ったく。なんだよリア充って。流石に勉強中はしねーよ」


 3人のこんなお喋りが心地良いなんて、言えないな。


 しっかりしよう。気にしたらきっと私はすぐに何歩も後ろに引いちゃうから。

 今回は絶対に後ろに下がらない。

 死ぬ時に後悔しないために


「じゃあ……来週ね」


「おう!颯真はユッキーに声がけよろしく!」


「分かったよ」


 久しぶりに4人で集まるんだ。


 なんだかんだ言っても楽しみだな。


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