第5話 運命の強制力
5月
「それじゃああとは頼んだよ」
「ごめんねぇ春佳ちゃん。うちのバカ息子をお願いね」
「はい。武志おじさん。早苗おばさん。楽しんで来てくださいね。お父さんもお母さんもね」
「それじゃあね春ちゃん。よろしくね。楽しんでね〜」
ゴールデンウィークに入り、お父さん達はおじさん達と前の記憶の通りに、熱海へ温泉旅行に出掛けて行った。
私と颯ちゃんは、お互いにサークルとバイトで忙しくて今回は行けなかったから留守番だ。
というのは言い訳かな。
前回と違った事をしてみたかった。
ううん。する必要があった。
何も変わらない日常を少しでも変える為に、私は颯ちゃんと一緒にいる事を選んだ。
なんだかお母さん達が妙にニヤつきながら出掛けて行ったけど、何かを期待してるとは思いたくない。
「いらっしゃいませー」
駅前のコンビニの自動ドアが開くと、颯ちゃんが声をあげた。
コンビニのユニフォーム姿と、いつもとは違う仕事をしている颯ちゃんの真面目な姿にドキっとさせられる。
「あっ。春佳か。サークルの帰りか?」
少し熱を帯びた頬。
顔赤くないかな。大丈夫だよね。
「うん。部室に読みたい本がいっぱいあるから。お父さん達も無事着いたって」
「そっか。朝見送りありがとな」
一人で家にいたくない言い訳を、サークルのせいにする。サークル帰りならコンビニに来ても不思議じゃないよね。
うん。不思議じゃない。
「今日の夜は、7時までだよね。うちでご飯作って待ってるから……」
なんだか慣れてるやり取りなのに少し恥ずかしく感じるのは、私に一緒にいたいって下心があるから?
大丈夫。ちゃんと言えてる。
「ああ。サンキューな」
「うん。颯真くんも頑張ってね。」
すでに私は、新しい
颯ちゃんを一人残して。
今回は違う。出掛けにおばさんに、颯ちゃんの事を任された。
だからこのお休み中の食事は、颯ちゃんと摂る事になっている。
頑張ろう。
スーパーの前でグっと拳を握った。
「これとこれと……」
そして気合と共に、カゴいっぱいに5日分の食事の材料を買い込む。
颯ちゃんの好みを考えれば、なるべくボリュームのある食事かな。
茶色い物は別腹とか、カレーは飲み物とか、お肉は正義とか言いながら買い食いするのは、やっぱり男の子だから?よく意味がわからないけど……。
今日は、買い食いしないで帰ってくるように伝えたし、たっぷり買って帰らないと。
ちょっと買いすぎたかも……
重い……。
***
パチパチパチと油が撥ねる。
下味をしっかりと付け、衣をまぶした鶏肉が油の中で狐色に色付きながら踊る。
重い買い物袋をなんとか運び、急いで料理を開始したが、そろそろ颯ちゃんが帰ってくる時間。
「ただいまー。うわっすげー良い匂い。唐揚げか?」
ちょうど全てが揚げ終わったタイミングで、颯ちゃんが帰ってきた。
反応がお腹を空かせた小学生みたい。
仕事中とは全く違った感じ。
かわいい。
「お帰り。うん。今日は唐揚げにしてみた。どうかな?」
「いいじゃん。完璧!店の唐揚げに手ぇ出しそうだったわ。いやっちゃんと言われた通り我慢したぞ!」
そう言いながら、洗面所から戻ってきた颯ちゃんは手慣れた感じで食器を用意する。
颯ちゃんの家は共働きで、よくうちでご飯を食べているからあたり前だよね。
「「頂きます!」」
二人で手を合わせる。
同士に颯ちゃんの箸が、中央の山盛りの唐揚げのお皿に伸びる。
大盛りによそったご飯に一度置くと、勢いよくかき込んでいく。
「うめー。マジで、はるの唐揚げうめー。コンビニで買わないで正解だったわ。マジありがとな」
「うん。ありがと。颯ちゃんもアルバイトお疲れ様」
うん。本当によかった。
前には見れなかった笑顔の颯ちゃん。
前の颯ちゃんは一人コンビニのお弁当で済ませたと言っていた。そんな事はもうさせないよ。
「ああ。克哉の奴が交代で入ったけど、これからはると飯っていったら、何かいきなりキレてた」
「何それ?やっぱり克哉くん面白いね」
「だな」
サークルの部室や図書館に行き、アルバイトで疲れた颯ちゃんとご飯を食べて、寝る時間まで2人でTVを見て他愛も無い話で盛り上がって「おやすみ」と言って颯ちゃんが帰っていく。
何もない。
男女ではなく幼なじみ。いや家族。兄妹のような変わらない関係。
話して
食べて
笑って
寝る
でも全部私の知らない日々。
まったく違う、新しい日常。
そんな2人で笑って過ごす新しい日常が、私の思い出に積み重なっていく。
***
5日目。
明日になればお父さん達が帰ってきて、いつも通りの日常に戻る。
今日がゴールデンウィーク最後の、二人での食事。
一応最初の日に献立決めたけど、颯ちゃんリクエストあるかな?
最終日のリクエストを聞く為に、颯ちゃんのバイト先のコンビニに向かう。
今日はいつもより早いけど、今の時間ならお昼休憩が終わって戻ってる頃かな。
肩掛けのいつものバッグを持って、歩いて駅前に向かう。10分も歩けば着く距離だけど、この時間に行くのは初めてだ。
この先の角を右に曲がった先に駅が見える。
コンビニ混んでなければいいな。
「……えっ?」
口から漏れた声を両手で抑え、ブロック塀の陰に隠れるように急いで身を潜める。
(颯ちゃん……と雪那ちゃん?)
なんで?どうして?
角を曲がりその先にあるコンビニ。でも私の視線は別の場所にあった。
駅のロータリーにあるハンバーガーのお店から楽しそうに出てきたのは、間違いなく颯ちゃんと雪那ちゃんだった。
私の知らない二人の笑顔。
今日が初めて?ううん。たぶん違う。
あまりにも自然な二人の姿。
その瞬間ぽろぽろと何故か涙が溢れる。
とめどなく溢れる涙を、両手で必死に抑えながら
塀を支えにして寄りかかる。
背中のブロック塀がなかったら座り込んでしまっていただろう。
頭に浮かぶのは、前の私の記憶。
私はたしかに憶えていた。二人の仲が急速に発展したタイミングがある事を。そのタイミングがゴールデンウィークだったと感じていた事を。
だからこそ、温泉へと行かずに私はここに残った。
颯ちゃんがまっすぐに帰って来てくれるように。
「わたしは、卑怯だ……」
私がいくら過去を変えようとしても、二人でコンビニの外で会っていた事実は変わらない。
なんで教えてくれないの!なんて颯ちゃんを責めるのだって筋違いだ。
運命の歯車は止められない。まだ努力が足りない。
幼なじみであるが故、積極的になれない。
今の関係が壊れたら?
もう遅いかもしれない。
でもまだ私は死んでない。
歴史がいくら修正されても、運命に強制力があったとしても。
まだ始まったばかりだ。
そう。まだ始まったばかりなんだ。
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