第7話 放課後コーヒー部
あれ? と次郎は違和感を覚える。恵麻の様子がおかしい。彼女の後方にゆらめくような炎と、魔力の大きなうねりを感じる。
「あのぉ、氷室さん?」
次郎の頬に冷や汗が浮かび、次の瞬間、頭に電流が走る。
「いてててっ」
先ほどまでとは非にならないほどの痛み。恵麻の髪が逆立ち、恵麻の目の奥が赤く光る。
(まじかよ)
脳を破壊するほどの威力。彼女は本気である。このままではさすがにやばいと思い、次郎は杖を抜く。
「”
ガラスが割れる音がして、頭の痛みが消える。
次郎は呆れ顔で恵麻を見る。恵麻は驚いた表情で次郎を見返すが、すぐに先ほどまでの淡白な表情に戻る。
「氷室さんは、プラチナじゃないんでしょ? なら、なんでムキになるのさ」
「……なってないわ」
「いや、なってたじゃん」
「なってない」
恵麻はムッと顔をしかめる。認める気がないようだ。
(彼女がそう言っているならそうなんだろう)
と、次郎は自分に言い聞かせ、不満を押し込んだ。
(けど、今のでわかった。彼女は多分、プラチナだ)
魔法の強度が明らかに一般人のそれとは違う。しかし、彼女に説明を求めたところで、教えてはくれないだろうから、心の中に留めておくしかない。なぜ、プラチナであるはずの彼女が、こんな特徴もない普通の学校にいるのかが不思議だが。
恵麻は乱れた髪を整えながら、言った。
「あなた、本当にノーランクなの?」
「ああ」
「実力テストは受けた?」
「受けてない」
「何で?」
「受けろって言われてないから」
実力テストとは、各個人の魔法技術を測定するための試験だ。この試験結果によって、ランクが決まる。次郎はこの試験を一度も受けたことがない。普通は、各個人の能力を把握するため、学校側から受けるように言われることも多いが、次郎は言われたことがないし、そもそも、一緒に行く友達がいないから、行く気がない。実力テストとは、仲間とワイワイしながら行く場所だと認識している。
「何それ、ずるい」
「いや、ずるいって、言われても」
「私は嫌々行かされたのに」
「そうなんだ。でも、俺は、逆にうらやましいけどね」
「何で?」
「だって、それだけ気にしてもらえるってことでしょ? 俺は、誰からも興味を持たれていない人間だから、そうやって、誰かに気にしてもらえるだけ、うらやましいよ。先生から、受けろって言われないのも、俺に興味がないからだろうし」
「そんなことないと思うけど」
「あるよ。少なくとも、ここまでの人生はそうだったから」
次郎は自分の気持ちが沈んでいくのを感じた。誰からも興味を持たれない人生。こんなにも空しいことはない。
「はぁ……。萎えるわぁ」
「えっ?」
「ごめん。帰るわ」
帰ろうとする次郎の背中に、恵麻の声がかかる。
「待って」
次郎は煩わしそうに振り返る。
「何?」
「これから部活をする予定なんだけど」
「部活するの? 昨日までやる気なかったじゃん」
「まぁね。でも、事情が変わったから、することにした」
「……ふぅん」
事情って何だろう? と思ったが、言いづらい内容だったら申し訳ないので、次郎は質問しないことにした。
「で、何の部活をするの?」
「放課後コーヒー部」
「何それ」
「放課後、コーヒーを飲みながら、音楽を聴く部活」
「渋いな。でも、それっていいの?」
「いいんじゃない? 先生の資料に、そんな感じの部活あったし」
「へぇ」
先生の資料にあるなら問題ないか。次郎がそんなことを考えていると、恵麻は本をカバンにしまい、立ち上がった。
「あれ? 帰るの?」
「いや、喫茶店に移動する。ここに、コーヒーメーカーとかないでしょ?」
「まぁ、確かにそうだけど。いいの?」
「とくに、ここでやれとも言われてないし」
「なるほど。氷室さんが言うなら、俺はそれに従うけど」
「それじゃあ、行きましょう」
恵麻は次郎の前を過ぎて、教室を出ようとする。次郎はその後について行こうとしたが、恵麻は扉の前で立ち止まった。
「どうしたの?」
「……さっき、あなたは誰も自分に興味を持っていないと言ったよね?」
「ああ」
「今までの人生はそうだったのかもしれないけど、これからは違うかもよ」
「……なるほど」
「ちょっと寄るところがあるから、校門のところに集合ね」
「あ、あぁ」
恵麻は扉を開けて出ていった。次郎はその場に突っ立って、先ほどの言葉を反芻する。
『今までの人生はそうだったのかもしれないけど、これからは違うかもよ』
「そんな人、いるのかねぇ」
いないような気がするし、いないことが前提で動くべきだと次郎は考える。他人に期待することの虚しさを、嫌というほど理解している。だから、恵麻の言葉に一喜一憂しないで、フラットな状態で過ごすべきだと自分に言い聞かせる。
「……さて、行きますか」
次郎は、ため息交じりに、教室を後にした。
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