第6話 挑発

 翌日。いつも通り、時間ギリギリに登校した次郎は、昇降口にて花代に捕まる。

「おはよう、次郎君! 部活については決まった?」

 朝からのハイテンションに、次郎は煩わしさを感じながら答える。

「保留部に決まりました」

「どんな部活?」

「いろいろなことを保留にする部活です」

「駄目です。もぅ、真面目に決めて!」

「……はい」

「恵麻ちゃんとはどう? やっていけそう?」

「今のところ、なんとも言えません」

「ふぅん。彼女となら、次郎君も気が合うと思ったの」

 どこを見てそう思ったのか、問い詰めたいところではあるが、次郎はこらえる。それよりも気になることがある。

「……氷室さんってどんな人なんですか?」

「えっ、そうだなぁ。不思議な子かなぁ」

「それはまぁ、俺もなんとなく感じているんですが、他にありますか?」

「あとは落ち着いていて、頭が良いよ! それに、彼女はランクが――」

と言いかけたところで、花代は慌てて口を押える。

「どうしたんですか?」

「何でもない! とにかく、恵麻ちゃんはすごい子だから、仲良くしてね! 先生はそろそろ朝礼があるから行くね!」

 花代は足早に職員室へと向かった。その背中を眺め、次郎は考える。

(すごい子ねぇ)

 恵麻は、”人詠み”の魔法、つまり、他人の精神に干渉する魔法が使える。それは、シルバー以上のランクであることを意味する。そしてブロンズ以上なら、公言する魔法使いも多いが、彼女の口からランクの話は聞かなかったし、花代の反応から察するに隠しているようだ。なぜ、隠しているのか。

(……少し、調べてみるか)

 とは思ったものの、情報通の友達とかいないし、調べる方法がない。どうしたものかと考えながら、教室の扉を開ける。クラスメイトがグループを作って、朝の会話を楽しんでいた。次郎を気に掛ける者は誰もおらず、次郎もまた、誰にも話しかけることなく、自分の席に座った。

 次郎はため息をついて、机にカバンを置く。今日もまた、空気として過ごす一日が始まると思うと、気分が萎える。

(まぁ、いい。この人たちに期待してもしょうがないし)

 次郎は頭の中を切り替えて、恵麻の実力を測る方法について考える。授業中も考えていたが思いつかず、休憩時間に寝たふりをしながら考えていると、クラスメイトがざわつくのを感じた。

(どうかしたのか?)

 すぐそばで人の気配がするので、顔を上げる。すると、恵麻が立っていた。次郎はギョッとする。まさか、ご本人が登場するとは。

 恵麻は淡々とした表情で口を開いた。

「今日は部活に行く。だから、あなたもちゃんと来てね」

「……はい」

「それだけ」と言って、恵麻は帰ろうとする。が、思い出したように次郎へ視線を戻す。

「あなたの名前、何だっけ?」

「紅 次郎」

「そう」

 用事は済んだらしく、恵麻はさっさと教室から出ていった。

(わざわざ、そんなことを言いに来たのか?)

 報告しなくてもいいのに、と思っていると、クラスメイトが自分を見ていることに気づく。恵麻が原因で、ざわついていたようだ。少し居心地が悪いので、次郎はトイレへ逃げた。

 そして放課後。昨日と同じ教室に向かうと、昨日と同じく、窓際の椅子に座って、恵麻が本を読んでいた。しかし昨日と違い、恵麻は次郎を認めると、本を閉じて言った。

「ちゃんと来たのね」

「そりゃあ、まぁ、来いと言われたから。それで、何をするの?」

 恵麻はその問いに答えず、次郎をじっと見据えた。

 次郎の頭に電流が走り、次郎は眉をひそめながら言った。

「だから、それは効かないって」

「……何で?」

「何でって、そりゃあ、『精神系魔法に対する防衛術』を発動させているからな」

「あなた、ノーランクよね?」

「ああ」

「ノーランクなのに、ちゃんとした防御術が使えるんだ」

「まぁな」

「どうして使えるの?」

「……魔法の勉強を頑張ったからな」

 暇すぎて、それ以外やることが無かったから。とは、言えない。

「ふぅん」

「氷室さんこそ、どうして”人詠み”の魔法が使えるの?」

「そんな魔法、使えないわ」

「いや、俺に対して使ってるじゃん」

「使ってない」

「いやいや」

「使ってない」

「……まぁ、氷室さんがそう言うなら、使ってないということにしておくよ。けど、そういえば、何で俺がノーランクであることを知っているの?」

「花代先生が言ってた」

 俺のランクは話すのかよ。とは思ったが、べつに隠しているわけでもないので、憤りのようなものはなかった。

「なるほど。それで、氷室さんのランクは? 花代先生はすごいと言っていたけど」

「……ブロンズ」

 それは絶対に嘘だ。”人詠み”の魔法が使えるという時点で、彼女のランクはシルバー以上が確定している。さらに彼女は、無詠唱で魔法を発動しているように見える。魔法を発動する際、普通の人は、杖といった魔道具を持った状態で、呪文を唱える必要がある。しかし彼女は、杖や呪文がなくとも魔法が使えた。それはつまり、彼女が特別な人間であることを示している。よって、プラチナの可能性だって十分にあるし、なんとなく、そんな気がしてきた。

「もしかして、氷室さんって、プラチナランク?」

「ブロンズだってば」

 そんなはずはないと思ったが、そこで少し考え直す。彼女がブロンズと言っている以上、彼女はブロンズランクなのだ。シルバー以上であるというのは自分の考えであって、その考えを彼女に押し付けようとしている自分に気づく。それは良くないことのように感じたので、次郎は考えを改める。

「そっか。氷室さんはブロンズなんだ」

「うん」

「なるほどな。まぁ、でも、逆に安心した」

「何で?」

 次郎は爽やかな顔で答える。

「だって、プラチナがこの程度のわけないもん」

 その一言が、恵麻のプライドに火をつけた。

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