おごられ給付金でゴチになります

ちびまるフォイ

お金のある貧しい人

「おごり給付金? へえ、こんなのがあるのか」


なにげなく見ていたページで紹介されていた謎の制度。

誰かにおごる際には一定額を国が負担してくれるらしい。


おごる対象には自分も含まれているので、

簡単に言えば食事代を国がおごってくれるというわけだ。


「ほほう。これは使うっきゃないな!」


さっそく会社の同僚や後輩をずらずら引き連れて、

会社近くのそこそこ高い料理屋さんへ入る。


「先輩、大丈夫なんですか? ここ高いんですよ?」


「値段のことなんて気にするな。いいか。

 俺は日頃後輩やお前らにどれだけ支えられているのか。

 それをこんな形の表現しか思いつかないんだ。

 これしかないんだから、せめていいカッコさせてくれよ」


「先輩……!!」


昨日の夜から用意していた決め台詞を放った。

後輩は深々と頭を下げて感謝してくれる。


「先輩、ごちそうさまでした!!!」


「いいんだよ。これからもよろしくな」


食事は終始楽しかった。

おごられて気をよくした後輩は俺を褒めてくれる。

きっとみんなの中でも俺という存在の憧れ度は上がったに違いない。


「ふふ。おごり給付金最高じゃないか!

 これで全部無料ってのがますます良い!!」


自分の懐にはなんらダメージを与えず、

人間関係にだけ良い影響を与えてくれるなんて。

メリットしか無いじゃないか。


俺はその日からおごり給付金の上限額までは

おごり使い切るようになった。


「ようし、今日も飲みに行くぞ! 俺のおごりだーー!」


普段はノリの悪い社員もおごりとなれば話は別。

タダ飯食べられるというだけでひとつハードルは低くなるらしい。


店につけばおごられる人からの感謝のシャワーを浴びせられる。

正直、飯より何よりこの感謝目的になっている。


いくらフォロワーが増えて、再生回数が増えて、閲覧数が多くても。

キラキラした憧れの瞳で「ありがとう」と言われる嬉しさには代えがたい。


人間の四大欲求があれば4つ目は「承認欲求」で決まりだろう。


「あははは! もう最高だ!!」


笑いが止まらなかった。


それからしばらくすると俺の影響からか、

他にも多くの人がおごるようになっていった。


「ちぇっ、おごりはじめたのは俺じゃないか。

 俺が後輩から慕われているんで、同じ方法をまねやがって」


「まあまあ、タダで飯が食えるんならいいじゃないか。

 お前もいくだろ? 部長のおごりだってよ」


「……わかったよ」


普段おごり慣れているからなのか、

おごられる側ではあまり美味しくは感じなかった。


「ちょっとトイレ行ってくる」

「おう」


トイレに立って戻ってくる途中、会計を済ませている部長が見えた。


「あれは……おごり給付金!?」


部長の財布からのぞいたのはおごり給付金だった。

普段はケチな部長が気前よくおごるから何かと思ったが、

俺以外の人間にもおごり給付金を知った人がいるんだ。


「どうりで……おかしいと思ったんだ」


会計を済ませた部長が戻ろうとするとき声をかけた。


「部長もおごり給付金使われているんですね」


「おお、君もか。社長から知らされてね。

 いやぁ、こんな良いものがあったなんて。

 あ、でも部下たちには秘密にしてくれよ、カッコつかないから」


「もちろんです。私も使っているからには黙っていますよ。

 それにこんな豪華なお店につれてきていただいた感謝もありますし」


「ははは。そうかそうか。

 まあ、これくらい高価じゃないと

 おごり給付金の今月分を使い切れないからね」


「別にきっちり使い切らなくても……。

 むしろ使い切るほうが難しくないですか?」


「君、知らないのかね。使い切らなかった人間は、

 使い切った人間の使用した代金総額をワリカンするんだよ」


「……は?」


寝耳にガロン単位の水をぶっかけられたほどの衝撃だった。


慌てておごり給付金の説明に書かれている小さな文字を読むと、

部長の言っていたことが真実だとわかってしまった。


「うそだろ……それじゃまだ、おごり給付金を使いきれてないと

 他の人のぶんを自腹で払わないといけないのか!?」


月末までになんとか使い切らなくちゃいけない。

そのためにはおごる必要がある。


次の日から俺はおごりの化身となった。


「な、なあ! 今日の晩飯とか一緒にどうだ!? おごるぞ!?」


「すみません、今日は別の人におごられる約束があるので」


「君もか!?」


おごり給付金はすっかり浸透してしまっていた。

おごる人が増えまくった結果、おごられる人が足りなくなってしまう。


「こんなことなら最初の方でもっと高級なところへ行って、

 一気に全額使い切ってしまえばよかった!!」


おごられたい人を必死に探し回る。

それでも時間ばかりすぎて誰も見つけられない。

みんなすでに誰かのおごられ予約をされている。


「ちくしょう! どうすればいいんだ!

 このままじゃおごり給付金を支払うことに……あ!!」


何気なく見た窓の外に救世主がいた。

橋の下でダンボールを敷いて楽しそうになにか話している。


「あいつらだ! あれならきっといける!」


すぐに外へ出て声をかけた。


「おごる? オレたちに?」


「あ、ああ。そうだ。腹減っているだろう?

 お前らが普段食べたこともないような店に連れて行ってやる」


「……なにが目的なんだ?」

「え?」


「オレらに親切にする理由がねぇだろう。裏がある。

 きっとあとで危険なことをおごった飯のぶんさせるつもりだな」


「なんでそう疑うんだよ!? 本当にただの善意だ!

 おとなしくおごられてくれればそれでいい!」


「いいや! お前があとでなにか要求しないと約束しないとダメだ」


「ああもうわかったよ! おごるだけだ!

 それ以上なにも要求しないし、なにもさせない!!」


なんでこんな自分より低い人間に頭を下げなくちゃいけないんだ。

おごるのは俺なんだぞ。


黙って飯を食って、うまいうまいと褒めちぎり、

食事が終わってからは俺にひたすら言葉の限りの感謝をしろ。

お前らが俺にできるせいぜいがその程度だろうに。


「わかった。おごられよう」


なんで上から目線なんだ。


店へ連れて行くと、男たちは他のテーブルの人間の目線も気にせず飯をかっこんだ。


「やれやれ。これで一件落着だ……」


おごり給付金の指定金額を使い切ることが出来た。

これで自分の身に他の人が使ったおごり給付金まで払わされるような事態にはならない。


「ごちそうさん、うまかったよ」


「そこはありがとうだろ、このクソが」


「ん? なんか言ったか? 聞こえなかったが」


「なんでもない」


おごってやったのに不快になったのは初めてだった。

なんで俺に感謝しない。おごってやったのに。


とはいえ、すでにおごり給付金が浸透して

おごられ役の数がどんどん足りなくなっている今。


こういう「いつでもおごられ待ち」という存在は都合がいい。

命綱として常にキープしておきたい。


橋の下にいる男たちとの接点が増え始めると、

俺の顔を見つけるなり声をかけるようになった。


「兄さん、今帰りかい?」


「……話しかけるな。他の人が見てたらどうする」


「かまうもんか。この橋の下にいるのは

 みぃーんなオレの友達だ」


「そうじゃねぇ。上司にこんなところ見られたら

 変な奴らと関係のある人間だと思われるだろう」


「んなことより、今日は友達が来てるんだ。

 隣町から歩いてきたんだぜ。なにかおごってくれよ」


「ぐっ……」


断ればおごられ役という繋がりが消えてしまうかもしれない。

しかしもうすでにおごり給付金は使い切っている。

ここからは完全に身銭を切ることになる。


「……わかったよ」


「おおい! みんな、兄さんがおごってくれるってよ!」


ぞろぞろと男たちはハイエナのように集まってきた。


「ちょっ……おいおいおい!? 多いよ!!」


「え? おごってくれないのかい?」


「こんなに多いと話は別だろうが!」


「なんだよ、人数制限ありなのか。ケチ臭いなぁ。

 どうせ店についても高いのは頼めないんだろうぜ。

 こういうおごられ方が本当に冷めるよな」


コレにはカチンと来た。


「お前らいいかげんにしろよ!!

 なんでおごられるくせにそんな偉そうなんだよ!

 お前らはタダ飯食っているだけだろう!」


男たちは俺の言葉に振り返った。

怒りが俺の口調を乱暴にし、良心のタガを外していく。


「だいたい! なんで俺にばかりおごらせるんだよ!?」


これだけは言わないと思っていたことも、

喉元までせり上がってきてもう止まらない。


「お前らだって、おごり給付金を使えるはずだろ!!

 仲間内でおごり合えばいいじゃないか!!!」


ついに言ってしまった。


おごり給付金を知らないがために、

おごられ役だったはずの彼らとの関係を崩す一言。


彼らの仲間内でおごり合えば、俺のような部外者は不要になる。


男たちはしばしお互いの顔を見合わせた後、

はあとため息をついてあきれた口調で答えた。


「なに言っているんだ。そんなことするわけないだろう」


「え……」


「オレらは、あんたにおごってもらいたいんだ。

 あんたと飯が食いたいと言っているんだ」


「そ、そうなのか……! そうだったのか!

 なんだ態度に出ないだけで内心慕ってくれてたんだな!」


俺にかけた言葉とは裏腹に、男たちの目は賢く冷ややかだった。




「必死に自分の立場を上にしようとしている

 心貧しい人間を見下しながら食う飯が、一番ウマいんだよなぁ」

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