第53話 魔王と謁見

「お爺様、ラーデル殿は話し合いの席に着いてくれると申してますよ」

「メンヒルデ、良くやった、流石余の孫だ」


 事態を動かしたメンヒルデ姫様の実績に驚く重臣達。

 敵の捕虜として処刑すれば人族側の戦力に大打撃を与える事が出来ただろう。

 魔族側の溜飲を下げるにも役に立つ。

 しかし魔族側に引き入る事が出来れば、戦力の大幅な増加になる。

 重臣達は二つに割れて議論を重ねていた訳だが。


 魔王バルツィラの孫娘メンヒルデ姫様は、見事に引き入れの門を開いてくれた。

 先の戦争で敗北されられ思う所はあるが、人族側の戦力を削り、魔族側に引き入れる。

 これも魔族側に大きな利益をもたらす事は確実だろう。


 態勢を立て直す為に、浮遊要塞ジェネシスは魔族領に帰還した。


「魔族領の大地は荒れ果てているでしょう?」


 浮遊要塞の窓から外を眺めながらメンヒルデ姫様が口を開く。


 魔素の濃い中では魔族の具合が良い。

 魔素の濃い環境の中で生まれ育つ魔族は人族より強い魔法を使う者が多い。

 しかし魔素の濃い環境は植物が育ち難く、荒涼とした砂と岩の世界になってしまう。

 劣悪な環境で生まれ育つ魔族は、人族より背丈は高く筋肉質になる。

 人族から見れば、驚異的な種族になるだろう。


 ドラゴンは魔獣では無いけど、魔素の濃い土地は具合が良い種族だ。

 だからこそ魔族寄りになってしまう理由が在るという。


「荒涼とした大地ですね」


 土地を見れば魔族が豊かな土地を欲しがる理由は解る。

 そんな世界だからこそ魔法が発達した。

 その流れは人族にも伝わり、魔法を使える魔術師が誕生したのだろう。


 魔族の土地を見れば解る事がある。

 いくら魔王でも、世界の破壊なんて意味の無いことは考えないだろう。

 豊かな環境を欲していながら住環境を破壊してどうするか。

 人族側の妄想かプロパガンダに過ぎなかったようだ。



 やがて浮遊要塞は王城の一部に接続し、停止する。


「ラーデル様、祖父に謁見して下さいますか?」


 メンヒルデ姫様は魔王バルツィラと謁見させたいようだ。

 どんな人でも実際に会って見なければ解らないものだ。

 メンヒルデ姫様から聞くように、魔王が必ずしも悪ではないのかもしれない。

 人族の国王様だって、想像したような冷酷な暴君じゃなかったし。


「そうですね、会ってみる事にします」




  ☆




 メンヒルデの尽力で魔王バルツィラに謁見できる事になった。

 玉座の間に重臣達と壁際に騎士が並んでいるのは、ザーネブルク王国の時と良く似ている。

 魔族だから人型の魔物の頂点にある種族で、人のように決まった姿形はしていない。色々な特徴を持った姿形をした種族が魔族のようだ。


 で、魔王と言えばどれほど恐ろしい奴かと言えば、俺の思い過ごしだったようだ。

 身長は2m位あるだろうから、大きな体型になるだろう。

 角や牙があるけど、優しい目元をしていて、暴虐とか残酷という感じじゃない。

 むしろ穏やかな賢王といった感じだろうか。


「ラーデルよ、やっと落ち着いたようだな」

「お恥ずかしい限りで」

「お爺様、あたしが説得したのですよ」

「メンヒルデも良くやった、ラーデルはやっと余とも話しが出来そうだの」


 ラーデルの事は多くの報告で既に知らされているようだ。

 何故親であるゲマリードから逃げたのか。

 何故ドラゴンでありながら人族に味方をしていたか。

 前世の記憶を持った異世界転生者である事。

 未知の魔法によるブレスや攻撃があった事。

 マンデーヌの街に新たな産業を興したであろう事。


 魔族側の王前会議では人族最大戦力でもある、ラーデルの処遇に紛糾した事。

 メンヒルデ姫様の提案で、互いを理解する猶予が作られた事。

 出来れば魔族側の力になって欲しい事。

 等々が語られた。


 敵の最大戦力であるラーデルを処刑するのは容易いだろうが、異界の知識を魔族側にも齎せないかと言う提案もあった。


 三国志で関羽を捕らえた曹操が能力と忠義に惚れ込んでスカウトしようとした逸話があったっけ。

 勇猛な敵であっても能力と、忠義を失うには惜しいと魔王バルツィラは判断したようだ。

 処刑して終るより、役に立つなら役立てたい、それは曹操と同じ事らしい。


「お爺様、ラーデル様は魔王は暴力的にして残虐で恐ろしいと思っていたようですよ」


 悪戯そうな目でメンヒルデ姫様が言う。


「ハハハハ、余は魔族の貧困を解決するために、豊かな土地が欲しいと常々頭を悩ませているだけの者。自分の治める国さえ支配出来ぬ魔王に、なぜ世界を破壊してまで支配を望めると言うのか」


 悲しそうに目を閉じる魔王バルツィラ。

 どうやら魔王と謂えども、配下の者たちを纏めるのも容易ではない様子。

 言われて考えてみれば、世界を破壊して灰燼に帰した世界を支配という設定に違和感を感じる。


 ……あれ?魔王バルツィラって意外と良い人だったんじゃ?


「ラーデルは見たであろう? 魔族の国の有様を」


 砂と岩ばかりの荒涼とした土地だっな。

 あれじゃぁ農業も産業も育ち難いだろうと思う。

 そんな土地で生きるために、この世界は魔法が発達したのかな。

 今なら魔族が豊かな土地を欲しがる気持ちが良く解る。


其方そちの生前の世界はどんな世界だったのだ?」


 魔王バルツィラは真摯に俺の事を理解しようとしているようだ。


「ここの世界より千年以上か数百年以上進んでいたかと」

「ほう」


「そんなに開きが……」

「信じられぬ……想像すら出来ませぬ」


 謁見室にいる重臣達もざわめき出した。


「そこはどんな世界だったのですか?」


 メンヒルデ姫様が興味深そうに聞いて来た。


 魔法は存在していなかったけど、全住民に電気・ガス・水道が満遍なく行き渡っていた事。

 軌道上にある衛星から見る写真では、明りで国土がクッキリと映し出されていた事。

 石油を燃料に自動車が整地された道路を走り、船は多くの物資を大海を越えて運び、飛行機は空を飛び、流通網が構築されていた事。

 通信網が整備されていて、世界の裏側の事情も部屋にいながら見聞き出来た事。

 大空の上、宇宙に探索機を送り、彗星や惑星を探査している事。


 俺は思いつく限り列挙していった。


「その話は本当なのか?」

「まるで神の世界のように聞こえます」

「我等の世界も何れはその様な世界になれるのか?」


 皆は強く興味を惹かれた様子。


「その世界の智恵、其方そちから教わる事は出来ぬか?」


 魔王バルツィラは、俺の話が本当なら手に入れたい物ばかりだと言う。

 しかし、そんな世界に生きていた記憶が在っても直ぐに再現出来る物はいくらも無いだろう。

 世界のすべてを知っている訳じゃないんだから。


「俺に解るのは学校で習った程度の物しか」

「学校だと? 学校とは何であるか?」


 この世界には学校は無いのか。

 学校の説明で国民の識字率が、ほぼ100%という事にも驚かれた。


「では、我が国を立て直せる智恵が有るなら聞かせて欲しい」


 魔王バルツィラは治世に強く関心がある様子。


 俺は考えた。

 魔素が豊富でも、荒涼とした土地でも、豊かになる方法を。


 豊かになるというのはどう言う事か?

 お金が沢山あれば豊かに違いないだろう。

 そのお金を国が作っているとすれば?

 人族と繋がりの無い魔族の国の国王なら、自国の通貨を自国で発行するだろう。

 しかし、お金ばかり有っても流通する物資が無ければ、貨幣価値は下がる。

 これはインフレだ。逆に物ばかりが有っても流通する貨幣が少なければデノミになる。


 あちらの世界で砂漠ばかりの世界で、世界一の金持ち国になった国がある。

 石油と言う燃料資源が発掘され、世界のエネルギー事情に無くてはならなくなった。

 何をするにも先ずはエネルギーからかな。


 森林が無いから、炭は無理だろう。

 しかし電気なら。

 俺の頭の中にフレミング左手の法則が閃いた。


 発電機からエネルギーを取り出せば、工業が発達出来る。

 発電機は要するに、モーターを何かで回転させば電気は起せる。

 前世の発電所は殆どがその方式だ。


「魔王バルツィラ様、先ずはエネルギーを作りましょう、それが文明を支えるんです」

「エネルギーとな?」

「雷と同じ種類のエネルギーの提案をしたいと思います」

「解った、この謁見の場では説明もしきれまい、改めて部屋を用意しよう」


「お爺様、やっぱりラーデルに協力を仰ぐ方が正解でしたね」

「うむ、メンヒルデには先見の明が有るようだの」


 得意そうなメンヒルデ姫様の頭を撫でる魔王バルツィラ。

 恐そうな魔族の容姿に似合わない好々爺っぷりだ。

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