第52話 邂逅
ラーデルは拘束されていた。
この部屋は普通の囚人が囚われるような部屋とは違い、巨大なドラゴンを捕らえるのだから、壁を破壊して逃げられないように地階に造られている。
手足を縛る拘束具も尋常な強度じゃない。
更には魔法を発動出来ないように、魔法陣で囲むという何重もの警戒がされていた。
魔王バルツィラと重臣達、ゲマリードは会議を開き、ラーデルの処遇を検討していた。
この会議場に一人場違いな雰囲気を持つ少女が、魔王バルツィラの横に控えている。
この13歳だろう年の少女は魔王の孫、次期魔王候補メンヒルデ姫。
魔王による英才教育の真っ最中だ。
我が子を捌かれ処刑される運命のゲマリードは、苦痛に満ちた表情で目を瞑っている。
「今回、我が方に大損害を与えてくれたゲマリードのお子を捕らえた訳だが、皆の意見も聞きたい」
「これ程の強大な者が敵に回るのです。後の憂いを断たなければなりません」
「左様! 先のヴェルスト戦で二度にわたって我が軍は敗戦させられたんです。明らかに危険人物でありましょう」
「そうだ、その戦で三名もの将軍を我が方は失ったのですぞ」
魔王バルツィラの言葉に、側近の将軍が意見を述べる。
やっと敵の英雄を捕らえたのだ、敵の戦力は削った方が良いのは当然の理。
「しかし人族と戦うには、今は少しでも戦力は欲しい所ですな」
「左様、如何に敵の勇者と謂えども、自軍に引き込むというのも大事な戦略だと思えますぞ」
敵の巨大な戦力を寝返らせ、自軍の戦力にするのも軍略としては重要だ。
「仮にゲマリードのお子を処刑して、ゲマリードが敵に回らぬと言えましょうかな」
「それは……。今回魔王バルツィラ殿に大変にご助力いただいた。義理に反する事はせぬ」
親としての心情を考えると、いつまでゲマリードが味方でいるのか計り様が無い。
仮に義理が切れたらどうなるか、魔族側の内心は恐々としている。
「そもそも何故ゲマリード様のお子が人間側に付いていたのです?」
メンヒルデ姫様は根本的な疑問を聞いて来た。
「ベラルダの報告書によれば、ゲマリードのお子ラーデルは異世界からの転生者だと上がっています。前世での記憶が有るためにゲマリードが恐くて逃げ出した。その後人間側の世界に潜んでいたため、我等魔族軍と敵対する事になったと。それが一連の流れという事であります」
「つまり、ラーデルなる者が私達魔族の事を良く知って、仲間になれば敵じゃ無くなるかも知れませんね」
メンヒルデ姫様の疑問は夢見る少女も言葉そのものだ。
「あ奴が親密になれる可能性があると?」
「味方になるよう命令しても無駄でしょうに」
一同はメンヒルデ姫様の言葉に考えさせられた。
しかしラーデルは魔族側に大損害を与えた張本人だ。
秘密兵器の一つを失い、多くの兵士の命をも失った。
感情的に許せる者じゃない、しかしそれほどの戦力を魔族側に付けるとすれば悪い話じゃない。
上手くゲマリードとラーデルの親子ドラゴンで、魔族側の戦力になれば、人族側を蹂躙し易くなる。
「ゲマリードはどう考える?」
「我は……、我はラーデルを処刑すると言われても反論も反抗もせぬ。魔王殿の裁定に異は唱えぬ。しかし話し合う事が出来るなら、もう一度じっくりと話し合ってみたい」
ゲマリード自身もまだ気持ちの整理が付かないようだ。
「メンヒルデ、懐柔の方向でお前が対応の練習をしてみるか?」
「宜しいのですか? お爺様」
「王になるには政治や学問ばかりが重要ではない。 人とどう付き合うか、扱うかも学ばねばならぬからな、この経験もメンヒルデの良い勉強になるかも知れぬ」
メンヒルデ姫様は護衛騎士達とゲマリードを引き連れ、ラーデルと話をしてみる事にした。
拘束の間にメンヒルデ姫様達はやって来た。
「ラーデルはゲマリードのお子だけに良く似た容姿をしていますね」
「メンヒルデ姫様、捕らえた時には今と似ても似付かぬ姿をしていたそうですよ」
「ゲマリード様、ドラゴンは姿を変えられるのですか?」
「我はその様な事はせぬ。恐らくラーデルは我と戦うために魔法で姿を変えたのでしょう」
「そんな事が出来るのですか、ドラゴンとは凄いものですね」
「人化も魔法で姿を変えているのです。それにしても金色の三つ首などと非常識な」
「金色の三つ首ドラゴンですか、面白いです」
「メンヒルデ姫様、面白がっては……」
「ラーデル殿は落ち着いていますか? 話をしてみたいのですが」
「ラーデル、聞こえるか? メンヒルデ姫様がお前と話をしたいと所望だ」
魔法を封じられ強力な拘束中のラーデルには返事もままなら無い。
「万一の時には我が皆様をお守りしよう」
「ゲマリード様、宜しくお願いしますね」
騎士の一人が部屋警護の騎士に指令を出した。
「ラーデルの拘束を解け!」
やがてラーデルを囲んでいた多くの魔法陣は輝きを失い空間に溶け込んで行く。
手足首の拘束具の鍵が開けられ、戒めを解かれていく。
部屋の壁側には武装した騎士達が万一の事態に備えている。
「ラーデル殿、あたしはお話をしたいと思っています。良いでしょうか?」
「あ、ああ、処刑執行官にしては幼い少女なんだな」
「あたしは処刑執行官ではありません」
「え? じゃあ?」
メンヒルデ姫様の意外な答えに目を剥くラーデル。
「あたしはラーデル殿の事をもっと知りたくてお話に来たのです」
「俺の事を?」
「ラーデル殿があたしたち魔族や、ゲマリード様と敵対して暴れるのは恐いからじゃないかと思ったのです」
年に見合わない聡明なメンヒルデ姫様の言葉で答えに詰まるラーデル。
実際に何か思想や目標があっての事じゃない。
「そうですね、戦場で敵が攻めてきたら戦わなければ殺されてしまうし」
「やっぱりそうでしたか、お互いの事が解らなければ恐いですよね?」
「メンヒルデといったっけ、君は?」
「あたしはバルツィラお爺様の孫のメンヒルデです」
バルツィラと聞いて一瞬息を呑むラーデル。
しかし穏やかな雰囲気のメンヒルデ姫様に対して、荒げようと言う気持ちにはなれないでいる。
「バルツィラと言えば魔王のはず」
「魔族の王様だから、お爺様は魔王かもしれませんね」
「魔王は世界の征服や破壊を目論んでいると思っていたが……」
「なぜそんな事をお爺様がしなければならないのでしょう?」
ラーデルのイメージしていた魔王像と、実際は違うとメンヒルデ姫様は言う。
「私たちは豊かな土地が欲しくて領土を広げたいだけなのです」
「だから世界制服を?」
「領土を広めたくて戦争をするのは人族も同じではないですか?」
「ま、まあ、その通りだと思うけど……」
「あたし達魔族が同じ事を考えると『悪』なんですか?」
ラーデルには返答が出来なかった。
豊かさを欲しくて他者と諍いを起すのは、大なり小なり有史以前から無数に起きて来た事だ。
考えてみれば、神対悪魔の関係でも同じ事なのかも。
どちらが人間に味方するかで、善悪に分けていただけの可能性が大きい。
メンヒルデ姫様を見ていれば『魔族』というスタンスに在るだけのような気がしてくる。
豊かさを欲して世界破壊を目論むなんて本末転倒だろう。
征服者の魔族が人間を奴隷にする? 何世紀の認識だろう、青銅器時代じゃあるまいし。
近代でも300年前には奴隷制度が在ったから何とも言い難い。
しかし、中世風の世界であっても、魔族はけっこう文明が発達していそうだ。
「ラーデル殿もあたし達も、お互いを知った方が良いと思うのです」
「言われてみれば、その通りだな。 メンヒルデ姫様、君は賢いな」
「次期魔王候補としてお爺様から、英才教育を受けていますから」
メンヒルデ姫様に勝てないラーデルだった。
「ラーデル殿が暴れず、お互いを知ろうとするなら、戒めを解いて話し合いの席を用意しようと思うのですが」
「解った、俺はメンヒルデ姫様を信用しようと思う」
「賢明な判断、有難う存じます」
「ラーデル、お前……」
「改めて紹介した方が良かったでしょうか? この方がゲマリード。貴方のお母様です」
「…………」
「ああ、その、何だ、力ずくで取り戻そうとして悪かったなラーデル」
「そ、そのように出られれば、俺だって恐がらないから……」
結局全ての争いや衝突は互いの無知が原因だった事が解った。
この場の緊張は解けていく。
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