第30話 戦い終わって

 領主様が直轄する領地ヴェルストは消滅した。

 魔族軍と天使軍の苛烈極まりない戦争で、街も城も破壊され尽くしてしまった。

 街の住民も城の臣民も皆命は助かり、兵力の上回った魔族軍は天使軍により壊滅した。

 事実上の勝利と言っても良いのかも知れないが、街も城も瓦礫に帰した。

 暮らしを支える家も、城ももはや修復不可能な状態だ。


 瓦礫の中、呆然と佇むヴェルストの民達とエルコッベ伯爵達城の者。

 ラーデルを神の使途・英雄と祭り上げ、勝利を祝うつもりの気力も失せた。


「私が治めるヴェルストが無くなってしまった……」


 戦後の復興も出来たものじゃない。

 本気で復興するなら、全ての瓦礫を撤去して更地から始めた方が早そうだ。

 あのままでは領地は魔族軍に蹂躙され、領民の命は無かったろう。

 天使軍のお陰で領民の命は救われた。


 しかし、街や城の復興は不可能に近いほど破壊し尽くされた。

 それは領地を失ったも同然だ。

 この責任を誰が負うと言うのだろう。


 誰もが天使軍を召喚し窮地を救ったラーデルを責める事は出来ない。

 魔族軍を討ち滅ぼしてくれた天使軍も、怨む筋合いじゃないのかもしれない。

 でも今は住む家さえ無い現状だ。

 呆然と途方に暮れるヴェルストの民達と領主達。





「国落としの勇者」





 誰かが何気なく言葉を洩らす。



「私達の街が、家があああぁぁぁぁ」

「そうだ、あいつが召喚した天使が街を瓦礫がれきにした」

「自分の国を消し去ってどうする、国落としの勇者ラーデル」

「国落としの勇者はどこだ、どこにいる!」

「俺達も一言言ってやらにゃ気が収まらねえ」


 持って行き様の無い怒りが、ラーデルに向き始めた。




「おいいぃぃ、何で俺が責められる」


「黙れーーー! お前が召喚した天使が、魔族と暴れたから街が無くなったんだ」

「私達の街を返してーーーーー」


 一人が切れると怒りは周りに居る人達に伝播して行った。

 この流れは暴動に発展していく。





まずいぞ、ラーデル、儂に続け、逃げるぞ」


 魔術師エルムントがラーデルに手招きをしている。

 エルムントの周りから霧が立ち込め始めている。


「何だ、この霧は」

「周りが見えない、見えないぞーーーーー」

「今度は何が始まったんだー」


 どうやら魔法で目眩めくらましを始めたようだ。

 魔術師エルムントはラーデルを連れて脱出を試みた。


「話は後だ、今は安全地帯まで逃げ延びるぞ」

「判りました」


この日、崩壊したヴェルストから霧に紛れて二人は姿を消した。






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 国境付近の山の中、今は誰も住んでいない木樵きこりの山小屋の中。

 崩壊したヴェルストから無事に逃げおおせたようだ。

 小屋の中には、藁の布団が敷いてあるベッドと椅子、食事用なのか小振りなテーブルしかない。

 そのテーブルの上には蝋燭が灯っている。


「ラーデル、お主本当は何者なのじゃ?」


 椅子に座る魔術師エルムントが興味深げに聞いて来る。

 未成年にして誰も扱えない無詠唱魔術を使え、武芸にも長けた人物。

 ポルダ村出身と言うだけでは説明の付かない、謎の人物である事に相変わらず変わりは無い。


 エルムントの疑問は一つも解決はしていないのだ。

 更には天使の軍団まで召喚出来た。

 そんなのは神ならぬ神官ですら出来る事ではない。

 謎は深まるばかりだ。


「ここには儂とお主しかおらん、それでも話辛い事情なのかの?」


 エルムントの顔は、詰問でも尋問でもない穏やかな表情だ。


「元々儂は諸国を流浪し、魔道に身を捧げているだけの男じゃ、国王にも領主にも付いてはおらぬし、誰の味方でもない。 ただの学究の徒に過ぎぬ、それでも教えてはくれぬのか?」


 どうやら功名心や名誉欲で聞いているものじゃ無さそうだ。


「俺の話を聞いて恐怖しないと誓ってもらえるなら」

「ふむ、やはり人外という所か?」

「俺は異世界からの転生者なんです。 ドラゴンに転生しました」

「ほう、ドラゴンとはな。 始めて見るが、ドラゴンが人に化けるという噂位は知っておる」


 へー。人に化けるのは狐やタヌキだけじゃないんだ。

 いや、実際俺は化けてるけど。かっこよく言えば人化ね。


「しかも疫病神が取り憑いているんです。 様々な知識や技法はその神から教わりました」

「神まで付いているのか」

「天使を召喚したのも、本当は疫病神なんです」


 エルムントに驚いた様子は無かった。

 ただラーデルが言う事が嘘かどうかを、冷静に判断をしているだけのようだ。


「信じ難い話だが、お主が嘘を言っていない事は判るぞ」

「じゃあ、」

「ああ、皆まで言わなくて良い、正直儂には理解が及ばない事なのであろう?」


 どの道エルムントもラーデルも、今では単なる逃亡者に過ぎないと言う。

 これから先、どこへ行くもお互い自由だという事も説明された。

 ぶっちゃけ何処に行くにも、土地勘は無いし、逃げ隠れする以外に目的も無い。

 楽に人生を送ろうとは思っていたけど、そうは疫病神が卸さないようだ。


 俺はどこで何をしようかな。

 しばらくの間、この小屋で答えを考えるのも良いかもしれない。

 エルムントも一緒に同行してくれるようだ。

 この世界の事を知る者がいれば心強い。


「此度の恩義の報酬として、儂に無詠唱魔法の奥義を教えるのだぞ?」

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