第29話 魔族軍来襲

 十日ほど過ぎた頃、事態は急激に動いた。


「騎士団は大至急集合せよ! 見習い騎士も集合だ」


 俺はルベルタスに急き立てられ、エルコッベ伯爵の城に集められた。

 領主エルコッベ伯爵と騎士団長ルベルタス、四人の上級騎士が城のバルコニーに立ち並ぶ。


「諸君、拙い事になった、魔族が進軍してくると連絡があった。敵の魔族軍はかなりの大軍と判明した。残念ながら我がヴェルストの兵力を上回ると言う、王都には伝令を出しているが、増援軍が来るまでじかん時間が掛かるだろう、その間ヴェルストは防御に徹し、篭城戦の構えを取る事にした。騎士の諸君は城下の民を城内に避難させよ、その後直ちに防衛体制を整えよ」


 街門は閉じられ、街壁は第一防衛陣として騎士は、街壁の上から魔族を防ぐ事になった。

 第一防衛陣が破られたら、速やかに城内に撤退して城門を閉め第二防衛陣にする。

 そうなれば、その段階から本格的な篭城戦に突入する事になる作戦が取られたようだ。

 城には避難民が続々と集まって来る。


 騎士達は、正式騎士・見習い騎士問わず、戦力となる者は街の冒険者達も動員する事になる。

 皆壁に布陣して壁の上部で敵の侵入を防ぎ、かつ反撃するようにと命令が飛ぶ。

 俺は従者としてルベルタスの護衛任務を言い渡された。


「ラーデルは儂の側に控え、共にエルコッベ伯爵様を護るのだ」


 城内は魔術師や治療術士が集められている。

 魔術師は弓兵と共に、遠距離攻撃魔法での支援を受け持っているんだろう。


 ワーーーーーーー

    ワーーーーーーー

        ワーーーーーーー


 防衛体制が整い、一時間ほど経っただろうか、街壁の向こうがときの声で騒がしくなり始めた。

 同時に街壁上に弓兵が整列し、矢での応戦が始まった。

 時折壁を越えて火矢や魔法が撃ち込まれ始める。

 門の下に控えている兵士達は街が火事にならないように、延焼が広がらないように奔走する。

 しばらくの攻防戦が展開され、やがて攻城梯子が掛けられ、登って来る魔族の姿が見え始める。


「第一防衛陣が危なくなって来たのぅ、皆の者、先ずは水撃魔法じゃ」


 魔術師エルムント率いる魔術師軍団が、壁上に現れ始めた魔族を水撃魔法で狙い撃ちを始める。


「なぜ水撃魔法を?」

「ふ、敵は火を射掛けてきておるじゃろ、あれは街に火を放って火事を起こしパニックを誘っておるのじゃ」

「水撃魔法なら街の火事も消しつつ、敵を弾き飛ばしますからな」

「なるほど」


 俺は納得がいった。


「戦場とて合理的な対処が考えられてるんだな」


 ……戦争は盲滅法めくらめっぽう暴れれば良いと言う物じゃない事を実戦で教えてくれてるのか。


 それでも数の暴力に押し切られるのも時間の問題のようだ。

 第一防衛陣が陥落したら、無駄に兵力を失わないように、速やかに第二防衛陣まで撤退し体制を整える。撤退してきた兵士は防御に有利な場所で、騎士達と交替し、傷の手当てに掛かる事になっている。


 街中が碁盤の目のように区画整理されていないのは、こういう状況を考えられているんだろう。

 兎に角侵略の邪魔になり足を止められるように、グチャグチャになっている。

 街中の地理に明るい住人や兵士達は、領主の城まで撤退するのに早い。

 撤退が完了したら、速やかに第二防衛陣に合流する。

 そこまで攻められたら、本格的な篭城戦に突入し援軍を待つ事になる。


 ワーーーーーーー

    ワーーーーーーー

        ワーーーーーーー


 やがて第一防衛陣の壁の上には魔族の姿が多くなって来た。

 防衛の兵士達は苦戦が目立ち始める。

 街門が奪われ、開かれれば、魔族軍が雪崩込んで来る。

 いくら善戦しようが、数で押されると何時までも持ちようが無い。

 撤退し始める兵士が目立ち始めた。


「兵士達は頑張ったが、これまでのようだな」


 無念そうにエルコッベ伯爵が呟く。

 次は何としても第二防衛陣で食い止めなければ苦しい事になる。

 援軍が間に合えば良いが、あまり宛てにするのも危険だ。


 ワーーーーーーー

    ワーーーーーーー

        ワーーーーーーー


 頃合を見て堀に掛かる城門は引揚げられ防御の体制になる。

 城塞の壁から、矢や魔法の応戦が始まり、膠着状態にもつれ込む。


「大丈夫でしょうか」

「大丈夫なものか、持ち堪えるのだ、死力を尽くして全力でな」


 エルコッベ伯爵も騎士団長ルベルタスも、唇を噛み戦況を凝視する。

 城と街は堀で区切られているから、直ぐに攻め込まれる事は無いだろう。

 しかし篭城戦となると、いくら大量に矢を準備していても心許ない。

 弓矢隊は矢を撃ち尽くしてしまったら、剣で戦うしかなくなる。

 俺も核撃魔法で応戦したいけど、平地で撃つと被害がただならぬ事になりそうで使うに使えない。


「こちらの被害も少なくは無いな」


 魔族軍の矢や魔法、投石で防衛軍に被害は出ている。

 負傷兵は直ちに治療師に術を施してもらい戦線に復帰する。


「援軍は何時頃到着しそうか?」

「外部との連絡が出来ぬため、見通しは付きかねます」

「むう……」


 エルコッベ伯爵は居ても経っても居られない気分に襲われている。


 ……ああ、援軍、早く来ないかな。


 思わず祈りたくなって来た。


《援軍が欲しいのかい?》


 イルデストが暢気に声を掛けて来る。

 俺は話を聞かれないようにバルコニーの窓から、戦線を見ているような姿勢を執る。


「当然だろう、今は防戦一方なんだから」

《なら援軍を呼べば良い》

「援軍だって? そんなの何処にいるんだよ」

《天使の軍勢を呼べば良い》

「へ? 天使の軍勢だって?」

《天使は神に仕えし者達だからね》

「なぜ疫病神が天使を召喚出来るんだよ」

《僕だって神の内だからね、天使だって召喚出来るのさ》

「呆れたと言うか、天使の仕える神が違っても良いのかよ」

《良いのだ、君は援軍を呼びかけなよ、僕が召喚するからさ》


 エルコッベ伯爵を見れば今が危機的状況にあるのがわかる。


「ラーデル、今の状況を打破できる魔法は無いのかの?」


 やって来た魔術師エルムントが縋るような目で俺を見る。


「何か状況を打破できる魔法はあるのか?」


 エルコッベ伯爵を横で護る騎士団長ルベルタスも期待の目を俺に向ける。

 仕方なしか。


「援軍を呼びます」

「王都に伝令は既に出しているぞ?」

「王都の援軍以外に援軍は来れるのか?」


 皆は疑わし気な目で俺を見る。

 俺はバルコニーへ出て、大空に向って援軍を呼んだ。


「天使の援軍よ、来たれ!」


 俺の呼びかけに呼応するかのように、雲の間から差す薄明光線が増え始めた。

 そんな光の柱が数十本もあれば異様な光景に見える。

 光の柱から、光の粒が無数に湧き出した。

 遠目で粒に見えた光の中には、翼を持つ人型が見え始め、魔族の軍団に次々と襲い掛かり始めた。


「本当に天使が……」


 エルコッベ伯爵達は目を見開き言葉をなくす。

 天使軍と魔族軍の戦闘は凄まじく、次々と城下町が巻き添えで破壊されていく。

 時々戦いの余波が飛んできて、次々に城の一部を破壊していった。

 苦境の中、援軍は嬉しくも心強い存在だが、酷い戦闘破壊で、城も城下町も被害を広げて行く。


 




 やがて魔族を殲滅した天使軍は、雲の上に飛翔し帰還して行く。

 戦場跡は無残としか言いようの無い、激しい崩壊跡しか残っていない状況だった。


「我が領地が……」


 エルコッベ伯爵達は戦いの終った領地の惨状に呆然とした。

 戦争が終わり、領主達も領民も命は助かった。

 しかし城も城下街も、城壁も街壁も崩れ廃墟同然になっている。

 街壁の外も激しすぎた戦いで、かなり荒れてしまったようだ。

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