第19話 戦争その後

 魔王軍討伐はかなりの死傷者を出し、無事に帰還出来た。

 俺はパーティーの生き残りとして、領主エルコッベ伯爵から報奨金を受け取った。

 目の見えなくなったヘルミーネは、修道院で静かに暮らして行く他道は無いかもしれない。

 俺は拠点とするノリッチの街に帰り、修道院長に相談する事にした。

 修道院長のマルガルトは快く受け容れてくれた。


 目が見えなくなったが、ヘルミーネはまだヒーリングの魔法を使う事が出来る。

 修道院を訪れる困窮者に癒しを与える仕事くらいは出来そうだ。

 俺はお世話代として報奨金の半分を修道院に寄付をして、残りの半分をヘルミーネに渡す。


「俺にはもうこれくらいしか、ヘルミーネにしてあげられそうにないんだ」

「ありがとうラーデル君、私には十分ですよ」

「俺はまたソロの冒険者に戻るしかないけどね」

「気をつけて下さいよ」

「うん」


「修道院長様、ヘルミーネの事、宜しくお願いします」

「はい、彼女はこの修道院でヒーラーとして役に立ってもらえると思いますよ」


 大金を寄付されて機嫌がいいのか、ヘルミーネに世話をするシスターを付けてくれると言う。

 当然、ヘルミーネは冒険者から修道女シスターになり、ここの規律に縛られる事になるが。

 そんな環境でも盲いた状態で市井で暮らすより、ずっと安全だろうと思える。

 修道院長からしてもヒーラーがいると、修道院の価値も高まると言うのだから良いのかも。

 俺はたまには様子を見に来ようと思う。


 



 冒険者ギルドでは、今回の戦争で上級の冒険者が半減したそうだ。

 ソロでも俺がいるのといないのでは、大違いだと言う。

 上級冒険者が少ないと、それだけ大きな依頼も受けられないのだから。





 定宿にしているピーアニー亭で俺は一人物思いに沈んでいた。

 俺の住んでいた村が滅び、今また仲間がいなくなってしまった。

 普通にあるような人生だろうか?

 イージーになるように選んだはずだったけど。


 ……もしかして【厄病神】イルデストの何かが影響してるのか?

   しばらくイルデストの声を聞いていないけど。


《おや、僕が疑われてる様だね、疑われても仕方ないけど》

「お! 久しぶりだね」

《先に言っておくけど、僕の影響で災厄を呼び込む巡り合わせである事は事実だよ。炎の魔法も威力を高めてあげたし》

「やっぱりお前か」

《だけど君は神である僕の加護を受けているから死ななかったろ》


 様々な感情が俺の中で荒れ狂う。

 俺に疫病神が取り憑いているせいで、俺の周りから良い人達が災難にあっていなくなって行く。

 かといってイルデストを追い払う事は出来そうに無い。


《君は怒っているようだけど、亡くなってしまった人達は、君と同じように輪廻転生しているよ》


 言われてみれば、そうかもしれない。

 人の人生は、その人の物だ。

 誰もが自分の人生を自分で決めていく。

 自分もそうだった。

 俺との縁が切れて、何処かへ行ってしまったと言うだけの事か。

 そういう事は日常生活の場でもよくある事だ、死んだか生きてるかの違いはあるが。

 その人達にイルデストの憑いた、俺の側にいてくれとは言い難い。

 他人の人生を俺がどうこう出来る訳は、最初から無いんだ。

 様々な感情が荒れ狂うが、答えが出せない。


《神である僕の目から見れば、命は輪廻しているだけだし、君はその中で喜怒哀楽を味わっているに過ぎないんだよ》


 イルデストの言う事が解る気がする。

 俺は自分の感情に振り回されているだけかもしれない。

 でも何もかも割り切れないんだ。

 割り切れなくて消化出来ない感情をどうしてくれる、疫病神め。


 もう俺は誰とも親しくならないで、ソロでやっていくしか無さそうだ。


《無駄だよ、君がどう思おうが、考えようが、何しようが世界は移り変わっているだけなんだから》

「イルデストは無情だな」

《君もこの言葉知っているだろ『諸行無常』ってね》

「この世界には似合わない言葉だな」


 俺にはもう不貞腐れるしか出来る事は無さそうだ。




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 しばらくの間、俺はソロで冒険者をやっていた。

 それなりにも金は溜まったし、以前の隠し金貨もまだ残っている。

 たまにヘルミーネの様子を見に行っているが、今じゃあの修道院で重宝され、役職にも就いていると言う。

 それだけは俺の心に救いだった。




 夕方になり、そんな俺を尋ねてきた者がいた。

 ヴェルストからやってきた、騎士のルベルタスという男だ。


「探したぞ、元mass-crimsonのラーデル君と言ったな」

「何でしょうか、俺はもう誰とも組みたくないんで」

「そう言ってくれるな、儂は戦場での君の活躍を聞いてな、やっとの事で探し出したんだ」


 騎士ルベルタスは自分の所に仕えないかと言う。

 魔族軍殲滅が俺の仕業だと知ったのかな?


 ……この人が次の被害者か。


「儂は其方そなたを側近に迎えたいと思ったのだ、単なる兵士じゃないぞ?」


 俺には兵士だろうが側近だろうがどうでもいい。

 親交を深め身近になった暁には、この人は死んでいなくなってしまうのだから。

 もう俺にはそんなの耐え難いし。


「悪くない話しじゃないか? 是非儂の誘いを受けてくれ、な?」

「もう俺は身近な人が死んでいくのは嫌なんです」

「死ぬも生きるも武人の常だぞ、其方そなたが気に病む事ではない」

「それでも俺の心が保たないんですよ」

「何を言うか、儂は其方そなたより年上だ、いずれにしろ其方そなたより早死にする運命だ、仮に儂が寿命で死んでも其方そなたは気に病むと申すのか?」

「そりゃ気に病みますよ、親しくなれば尚更そういう気持ちは強くなるし、つか其方そなたって言葉が多過ぎると思います」


 いくら輪廻していくとしても、心平穏でいられないだろうに。

 俺はまだ神の摂理に気持ちの折り合いが付いていないんだ。


「儂はエルコッベ伯爵領の騎士団長でな、儂の部下達も皆騎士で武人でもある」


 ルベルタスは語りだした。

 皆自分の騎士たる矜持の上、死ぬも生きるも武人の常と言う事を知っている。

 仲間が死ねば悼みもするが、皆自分の責任で生き、自分の責任で勇猛に戦って死んでいくのだと。

 なぜラーデルが勝手に他人の生死の責任を背負わなければならないのかが解らないと言う。


「親しい人達の死を悲しむのは、俺の勝手だと言うんですか?」

「そうだ、誰が死後自分の死を、君に気に病んで欲しいと願ったのだ?」

「それは……」

「だから勝手だと言っておる。 心が挫けているなら余計に儂の所へ来るのだ、鍛え直してくれるわ」


 騎士団長のルベルタスは、俺の豆腐メンタルを鍛え直してくれると言う。

 彼の元でしっかり絞られ、水気が抜けて凍み豆腐位にはなれるかもしれん。

 どっちにしても脆いか。

 果たして凍み豆腐が、鉄の塊になるのかどうか。


「何か不幸を呼び寄せて、貴方が死ぬかも知れないんですよ?」

「武人たる騎士が死を恐れてどうする、そんな軟弱者は騎士団にはおらぬ」


 強引なルベルタスの説得で、俺は騎士見習いとしてルベルタスの側近になる事にした。

 魔王軍との戦いで、今は一人でも多くの強者ツワモノが欲しいようだ。

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