第6話 ポルダ村にて

 俺は『ラーデル』と名を受けた。

 ジョナードとロレリー、一人娘のビッキーが住むこの村の名は『ポルダ』というらしい。

 辺境の寒村で500名位の村民が細々と農作物を作り、狩りをして森からの恵みで生計を立てている。

 村人は村の共同財産の馬車で交代しながら、外の村や街と物々交換で生活必需品を買う。

 小規模な村だが、たまに行商人が来る事もある程度。


 まあ、ぶっちゃけ、よくある中世欧州風味のファンタジー世界って事だ。

 子供が学校へ通う事は無く、家の手伝いをする事になる。

 俺も農作業や狩りに連れ出される事はしょっちゅうだ。


 狩りは主に弓矢や剣を使う。

 この村では金属製品は滅多に手に入らない貴重品扱いだ。

 そんな訳で村の鍛冶屋は農具や鏃、剣の修理くらいしかしない。


「なんで狩りに罠を使わないの?」

「『罠』? なんだそりゃ」


 そりゃそうか、鉄製の檻罠なんて作れるほど鉄が無いだろうし。


「穴を掘って獲物を落としたり、縄で獲物の脚を捕まえるんだよ」

「あー、穴も縄も人間の匂いがするから、すぐ獣に気付かれちまうぞ」


 流石にそれは経験済みだったか。

 俺からすれば未開の文化でも、住民が生活して来た理由はちゃんとある。

 何かしらの知識やノウハウの蓄積は存在する。

 結果、今のような方法に落ち着いているという事になるのか。


 やがて森の向こうから、複数の角笛の音や何かを叩く音が鳴り始める。

 追い立てられた獲物は、こちらに逃げてくる、俺達はそれを迎え撃つ。

 

 やがて森は騒がしくなり始めた。

 大型の獲物の足音や、鳥が飛び立つ音、草が掻き分けられる音が近づいて来る。


「今だ! 矢を放て!」


 俺も習いたてだが弓を放つ。

 しかし、数本しかない矢はすぐに尽きる。

 手負いになって向って来る鹿や熊は、横に控える村人が剣で斬りかかる。

 何頭かは仕留められても、熊にはとどめを入れきれない。


「ラーデル、逃げろ!」


 誰かが叫ぶが、熊の走ってくる速度に逃げ切れそうに無い。


 ……しょうがない、力で捩じ伏せるか。


 村人達は知らない事だが、俺の正体はドラゴンだ。

 しかも初期能力値は高い、だから正面から熊の突進を受け止められるはず。

 心配する村人達の目の前で、熊に体当たりをかます。


 ドドド、ズッシーーーーンン


「「「おおお!」」」


 突進の止まった熊の頭を脇に抱え込み、上体を仰け反らせ後ろに叩きつける。

 すかさず体制を立て直そうとする熊の脚を腕ひしぎに決め、筋を引き千切り、ゴキンと関節を外す。

 怯んだ熊の横っ腹に思い切り蹴りをぶちかます。


 ドシーーーーンンンン


 肋骨を折られ、内臓に強烈な衝撃を受け熊は悶絶する。


「ラーデル……お前、」


 驚嘆する村人達。

 大人でも熊と肉弾戦が出来る人はいない。

 ましてや肉弾戦で熊を倒したのが、10歳児のラーデルだ。

 ありえない事態に信じられないと言う顔だ。


「やったよ、熊を狩った」

「お、おお、上出来だ」


 狩った獲物を村人たちは荷車に乗せ村に向う。

 獲物は村で解体し、毛皮をはぎ、肉を切り分け村民に分配する事になる。

 骨を煮込む料理は無さそうだな。

 何かの道具に加工するんだろうけど。








「ラーデルが熊を狩ったんだって?」


 解体作業で話を聞いたビッキーが心配そうに聞いてきた。


「う、うん、危ない所だった、姉ちゃん」


 詳しい話をする訳に行かないから、無我夢中で気が付いたら生存出来ていた事にする。

 俺の実力だと知れ渡ると、閉鎖的な村じゃ異端扱いになるだろう。

 ただでさえ外の世界から来た、得体の知れない存在だったのだから。

 

 村の周囲3km位が村人の生活圏の世界、それ以上は魔物や魔獣の領域と思われている。

 夜の暗がりを怖れる人達は、竈の火くらいが夜の明りの世界だし。

 蝋燭なんて高級品は、辺境の寒村じゃおいそれと使えない。

 そして村人たちは生活の維持で一杯一杯の毎日だ、娯楽なんて程遠い。


「明日は行商人が来るから、布と蝋燭が毛皮と交換出来るんだよ」


 ビッキー姉ちゃんは嬉しそうに言う。

 この村の唯一の交易品は、森で狩った獲物の毛皮くらいしか無いのか。

 そりゃ生活の質が向上しようが無いな。


「森の木で何か作って売ることはしないの?」

「何かって?」


 村の周りは森しかない。

 なぜ薪にしかしないんだと疑問だった。

 成型すればちゃんと木材になるだろうに。

 ある程度の木材は建築材料や家具・食器にしているようだけど。

 あくまでも自分達が生活に使う分だけだ。


「家具とか」


 家の中にいたジョナード父ちゃんが聞いていた。


「家具なんてどこの村でも、自分達で作って使っているだろ」


 ああ、この人達は『商品』って概念が無いのか。

 なら前世知識のある俺なら、作れるかも知れない。

 工作機械が無いから、手作業で出来る範囲になるだろうけど。

 家具の他に炭とか陶器とか、それなら可能かも。


「じゃあ、行商人に交換出来そうな物作ってみるよ」

「ラーデルがか?」

「あたしもラーデルを手伝っても良いよ」

「だから道具を貸して欲しいんだ」

「そうか、壊すなよ?」


 ジョナードは渋々剣を貸してくれた。


 トンカチは無いのか、まぁ石を使えば出来なくも無さそうだな。

 釘も無さそうか、なら木釘を作れば。

 のこぎりも無いのか、剣で切れる範囲の物しか作れそうに無いな。





 翌日俺はビッキーと二人で背中に篭を背負い森へ行く。

 工作出来そうな木材の収集から始める事になる。


「ラーデル、何を作ろうと考えてるの?」

「そうだなぁ、お洒落な椅子とか」

「お洒落な椅子?」


 ビッキーは頭の中にイメージ出来ないようだ。

 集めた木切れを家に運び、家の外で作業を始める事にした。

 木切れを見て、考えながら形にしていく。


 長い木材を二本、間に幅をそろえた木を用意した。

 箱型になるように決めたら、枝を尖らせた木釘を石で打ちつける。

 同じように長さの短い箱型を作った。

 十字型に組み込めるように様子を見ながら溝を削っていく。

 溝同士をかみ合わせ骨格を完成させる。

 流石に折り畳み式には出来ないけど。


「ふーん、これが椅子になるの?」

「うん、此処と此処の横木に布を張れば良いと思う」

「布なんて高級品使えないよ」


……この世界、布が高級品なのか。


「じゃあ毛皮を張ろうか」


 ロレリー母さんに頼んで毛皮を融通してもらう事にする。


「毛皮もいるのかい? 何を作ってるか私も見に行くけど」


 ロレリー母さんは興味深そうに着いて来た。

 二人の作業する音で、近所の人も見に来ているようだ。


 毛皮は横木に巻きながら、木釘で止めていく。


「これで椅子らしくなったな」

「これ、椅子なの?」

「変わった形の椅子だね」


 ロレリー母さんとビッキーがそれぞれ座り心地を試してみる。


「あ、良い気分」

「よくこんな椅子を考えたね」

「これなら商人に売れると思う」

「ほー、あたしにも座らせてくれんかね」


 近所の人も含めて皆には概ね満足点をもらえたようだ。

 作り方を知った近所の人達も、真似て同じように作り始めた。





 翌日、村を訪れた行商人に椅子を売ってみる事にした。


「ほう、こんな椅子を作ったから売りたいと?」


 村人が作る椅子なんて、木箱に背もたれを付けたような物しか無いから、珍しいデザインだ。

 商人は椅子を眺めたり、座ったりして値踏みをする。


「ふむ、座り心地も悪くないですね、街に持って行けば売れるかもしれません。良いでしょう一つにつき、銀貨1枚で買い取りましょう」

「銀貨1枚!!」


 ロレリー母さんとビッキーは目を見張った。


「じゃあ、銀貨1枚で何が買えるんだい?」


 ロレリー母さんは早速行商人に聞いてみる。

 普段、毛皮と交換するより多くの布や蝋燭、糸も買う事が出来た。

 その様子を見た近所の人達も自作の椅子を持ち寄って来る。


「ロレリー、凄いじゃないか、これから私達は椅子を作るようにしなくちゃね」

「うん、そうだね……」


 村の特産品が出来た瞬間だった。

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