第5話 ジョナード宅

 俺は目が覚めた。


 なぜかベッドで藁の詰まった布団が掛けられている。

 部屋の中にいるのは解った。

 天井は無く、屋根に煤けた梁が何本かあるだけの屋根裏が見える。


 ……どこかの村に運ばれたのか?


 目が覚めた俺に気が付いた中年の女が近づいて来て話し掛ける。

 たぶんこの家の住人だろう。

 貧しい身形だから、それなりの村だろう事は予想がついた。


「譁・ュ怜喧縺代ヱ繧ソ繝シ繝ウ」


 何喋ってるのかさっぱり解らない。

 

 この世界の設定は言語問題に気配りは無かったのか。

 まあ、元の世界でも国が違えば言葉も違うのが普通だったし。

 苦労して覚えて行くしかなさそうだ。

 面倒でもコミュニケーションが取れないのは余計に困るってもんだ。





 ☆





「ただいま」

「おかえり、ジョナード」

「あの子は目が覚めたかい?」

「ええ、さっき、だけど言葉が解らないみたい」

「言葉が解らない? 何か有ったんだろうなあ」


 ジョナードは奥さんのロレリーと話し合っている。

 朝、隣村からの帰り道端に葉っぱで包まれた裸の児童が倒れていた。

 どういう経緯でそんな事になっているのか、さっぱり解らない。

 あの子に何処かへ行く宛が有るのかどうかは判らないが、見捨てるのも気分が良くない。

 とりあえず介抱しようと自宅で面倒見ようとジョナードは運び込んだのだ。


「ねーねー、おとーちゃん、あの子誰なの?」


 ジョナードとロレリーの一人娘のビッキーが興味深そうに聞いてくる。


「わからないんだ、帰り道に道端で倒れているのを見つけてなぁ」

「ふーん、そうなんだぁ」


 村長宅で相談をした時に、村の共同財産として扱おうかという話しもあった。

 村の財産として養い、下男として使いつつ、村が財政的に行き詰ったら何処かの街に売り払っても良いのかもというものだ。


「そんじゃぁさあ、あたしの弟って事で良いんじゃない?」


 8歳になるビッキーは姉弟を欲しがっていた時期があった。

 拾って来た子はビッキーより年下かもしれない。


「しかしなぁ、何だか得体が知れ無いし」

「ビッキー、あの子は言葉も解らないみたいよ?」


「じゃあ、あたしが色々教えてあげる」


 裕福じゃない村に住むジョナードとロレリーは考え込んでいる。

 子供の一人くらい引き受けても構わないだろうが、村の財産に決まったらそうも行かないだろうし。


「あたしが村長さんにお願いしてもダメ?」

「そうよなぁ……一応話しだけでもしてみるか」







 村長も考え込んでしまう。


 得体の知れない余所者を村の一員にして良いものかどうか。

 本来なら訳のわからない余所者を村に入れたりはしない。

 しかしジョナード達が拾ってきたのは幼い児童だ。

 なぜ近くに親がいなかったのか疑問だし、何者かも解らない。

 あの子供には奴隷の紋章も見当たらない。


 それでも引き取り手がいれば、村の共同財産にしなくて住む。

 いずれあの子供の親が現れて、こき使っていたら話がこじれる可能性も捨てきれない。


「うーむ正直、儂にも良いのか禍事になるのか判断がつかん」

「村長、運命観のオババに観てもらったらどうだ?」

「運命観のロッセルラか」


 運命観のロッセルラはこの村で薬を作ったり、物事の吉凶を占ったり、星の動きを見て作物の出来を予想している長老の一人だ。


「誰か行って連れて来てくれ」

「村長、おらが行ってくるだ」


 やがて村の者に連れられて一人の老婆がやって来た。

 この頃、目を悪くして様々な仕事が出来ないでいると聞いている。


「ジョナードが連れて来た子供を占って欲しいのかえ?」

「ああ、だが目を悪くしていると聞いてな、出来るか?」

「まあ、精霊に聞いてみるくらいは出来るかの」

「おお、出来るのか、是非頼む」


 ロッセルラは村長宅の入り口を背に向け、村の広場の方へ向き直る。

 しばらく目を瞑り、精神を集中しトランス状態に移行して精霊たちに問い質す。


---------


《ふ、精霊たち、僕達の秘密を探ろうなんて困りますねぇ》

《じゃあ、私たち精霊は何て伝えれば良いんですか?》

《ふーむ、こういうのはどうでしょう――――――》

《それを伝えるんですか?》

《はい、そうして下さいね》


---------


 やがて何かしら答えを受けたのか雰囲気が変わる。


「おおぉぉぉ! それが答えだと申すのか~~?」


 ロッセルラは驚愕の表情で固まってしまった。


「オババ、どうした?」

「精霊から答えが出た」

「して、なんと?」


 ロッセルラのただならぬ雰囲気に息をのむ村人達。


「中吉、待ち人来たらず、健康に注意、失せ物は返らず、友遠方より来たる、良縁に恵まれると出た」

「なんじゃ、そりゃ?」

「儂にもにも解らん、こんな事は初めてじゃ」




 異様な場の雰囲気だが、悪い物じゃ無さそうだと感じたビッキーは村長に言う。


「村長さん、じゃぁあたしの弟で良いよね?」

「うむー……」

「村長、取り合えずジョナードたちに任せてみましょうか」

「そうだな、何か有ればその時はその時だ」

「わーい、じゃぁ、あの子の名前考えよっと」


 渋い顔の大人たちに対して、ビッキーは嬉しそうだ。


「あたしに弟が出来たんだ~!」




 ジョナードとロレリー、一人娘のビッキーが相談して俺の名前は『ラーデル』に決定した。


 後日埋めて隠した金貨の袋は、こっそり掘り出して別な場所に隠す事にする。

 占い婆の精霊が調べに来た時に、イルデストが適当な情報を教えたらしい。

 以来、ジョナード一家の手伝いなどしながら言葉を覚えるのに必死で三年が過ぎた。

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