第4話 人里へ

04「人里へ」




 時間が経つにつれ空腹に苛まれる。

 産まれて転生後いきなり巨大な恐ろしいドラゴンと出っ食わさなければならないなんて。


「こんな事の流れになるのも疫病神の仕業か」

《何言ってるんだ、産まれるはずの子供が行方不明になったドラゴンだって悲劇だろうが》


 ……つまり『疫病神イルデスト』は既に災厄を振り撒いたって事か。


《いいや、違うね、全て君の責任だよ》

「ちょ、それは無いんじゃね?」


 空腹を前にしてイルデストと、水掛け論して時間を無駄にするのも馬鹿らしいか。

 何とか食べ物を手に入れなくちゃ。

 出来れば人の食べるような食事を。

 ドラゴンが捕まえて来た何かを生で食べられる気がしない。

 その為には人化して人と同じ姿にならなければ、人の中に入れないだろうし。


「あああ、責任の擦り合いは止めだ、それよりイルデスト、人化ってどうやるんだ?」

《はいはい、人化ね、体内に流れる魔力をたいがい体外に出して形をイメージするんだ》


 イルデストは簡単に言うが、思ったより難儀した。

 第一に魔力の流れをコントロールするのに一筋縄には行かなかった。

 第二に形をイメージするにしても、俺は3Dなんて知らないし、やった事も無い。

 だから粘土細工をイメージしてこねくり回した。

 当然、芸術家でも彫刻家でもない俺には難し過ぎだ。


《君は不器用なんだなぁ、それじゃぁアフリカかどこかのお土産か、何かの魔物だよ》

「しょうがないだろ、造形素人なんてこんなもんだから」

《だめだなぁ、ノビ太君は》

「誰がノビ太君じゃい!」


 魔法はイメージングが大事だ。

 何かとイメージが出来ないと、魔素を動かす事が出来ない。

 動かす事が出来ても、どう動かすかが重要になる。

 どう動かして、どのような形にするか熟練がどうしても必要になる。

 その腕前が未熟だとどうにもならない。

 誰だって経験の無い人が、いきなり素晴らしいフィギュアは造れないのと同じだ。

 たぶん魔法攻撃で何かを飛ばす方が余程簡単なのかも。


 周りには食べられそうな木の実は無いし、魚を釣る道具も無い。

 せめて人型になれないと人から食べ物を譲ってもらうのも難しい。

 だから空腹を何とかしなければならない問題がいの一番だ。

 空腹を満たすのに人型になって人里を見つけなければだ。


 イルデストに手伝ってもらいながら、何とか形になってきたのは、その日の夕方になってしまった。

 姿形は赤ん坊じゃなく、いきなり赤髪で七歳児の男子姿が出来上がった。

 しかも、せっかく人型に納まっても裸だ、服を着ていない。

 考えてみれば生物単体は基本裸なんだ。


「イルデスト、魔法で服は作れないのかな?」

《今のレベルじゃ無理だろう、圧倒的に造形の腕が無い》

「やっぱりそうか……」


 しょうがないから、そこらにある大き目の葉っぱを集めて身にまとうしかない。

 股間にカエデの葉っぱ一枚じゃどうにもなら無い。

 裸族じゃないだからさ。

 せめて人里に出られれば、着る物も食べる物も何とかなるだろうし。


「人里に出るには森を抜けるしか無さそうだな」

《そうだね、僕も地理に詳しく無いけど、森を抜ければ街道に出られるかも知れないし》

「街道かあ……山賊とか大丈夫かな」

《山賊に捕まっても食事くらい出来るかも知れないよ?》

「そうかなぁ……」


 身元不詳の七歳児童が山賊に捕まっても金にはならないだろうし。

 いや、持ち出してきた物奪われてお終いか。

 袋の中を見てみれば、金貨が50枚詰まっている。


「念のためと思って持って来たけど、結構入ってるなぁ」


 この世界の相場がどうなってるか知らないが、金貨が安いとは思えない。

 人里なら金貨で服や食べ物を買う事は出来るに違いない。

 で、どうやって人里を探そうか。

 人化を解いて空を飛べば、人里も見付け易いだろうけど、ドラゴンに見付かり易くなるし。

 そんな危険な事はしたくは無い。


「街道に出て山賊に襲われても、ドラゴンの力があれば何とか切り抜けられるかな?」

《ドラゴンだって王国の騎士に退治される事があるから、どうだろうなぁ》

「そっかぁ、ドラゴンだって無敵じゃないのか」

《ましてや生まれたてだからね》


 イルデストの言葉で益々危険を冒す訳にいかない事が理解出来た。

 それでもこの空腹を何とかしないと餓死してしまうだろう。

 ともかく人のいる所まで出なければ話しは進まない。


「イチかバチか、出た所任せで行くしか無いか」

《そうだね、それが良いと思うよ》


 俺は森の中、道なき道を草を掻き分けながら進んでいった。

 枝や太い茎に当って、服代わりの葉っぱはすぐに駄目になる。

 駄目になった代わりの葉っぱを引き千切り体に巻いて補修し、歩みを進めていった。

 やがて森は終わり街道に出る事ができた。

 眼下の街道まで2mくらいの崖になっているが、飛び降りるしかない。


「やった、街道だ」


 深夜の街道は人の気配は無い。

 前世と違って街路灯なんて無いから、当然と言えば当然か。

 月明かりに照らし出される街道には、馬車が通るだろう轍の跡が見える。


 ……馬車の轍の跡が有るなら人里は近いかもしれない。


 しかし残念ながら俺もイルデストも、どちらへ行けば良いのかさっぱり判らない。


《良かったね、街道に出られて。しかし人が通っていないから今日はここで野宿するしか無さそうだね》


 イルデストは暢気そうに言い放つ。

 反論しようにも俺には良い案は浮んでこない。

 空きっ腹を抱えつつも、道端で横になって寝るしかなさそうだ。

 とりあえず金貨の袋は、埋めて隠しておくしか無さそうだし。

 見てくれは葉っぱで体を覆った裸の児童だけど、中身はドラゴン。

 元々服を着る種族じゃないから、道端で寝てても健康を害する事は無いだろう。


「しょうがない、腹を決めるか、俺はここで寝る」




 そんな訳で俺は眠りについた。






 ☆





 翌朝、一台の馬車が村人と思しき者を乗せ、ガラガラと街道を行く。


「うん? 何だあれ、子供か? 行き倒れているようだが」


 子供の近くに親の姿も、大人の姿も無い。


「ジョナード、可哀想だから保護すっぺよ」

「そうだな……何か訳ありだろうが、子供を見捨てるわけには行かないしなぁ」


 二人の村人は道端に倒れている子供を抱え、馬車に乗せ村へと向う。

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