第3話 誕生

 深い眠りから意識が戻って来る。


「またしても白い世界?」


 目の前には白い壁が広がっている。

 前世知識が無い新生児なら、何も解らない状態だろう。

 何も解らない状態から、少しづつ学んでいく事になる。


 しかし前世知識のある俺は有利なスタートになる。

 前世知識が新たな世界で有利に働くか、不利になるのか解らないけど。


《目が覚めたかい? 目の前に在るのは卵の殻だ、力一杯殴れば割れて外に出られる筈だよ》


 イルデストの声がする。

 しかし姿は見えない。


《ああ、僕の姿を探してるのか、僕には体が無いから君の脳内に話し掛けてるんだよ》


 どうやら前世と同じ状態らしい。

 唯一違うのが、俺に憑いているのが誰か知っているし、話が出来るという事になる。

 つまり、神からのアドバイスを何時でも受けられるという特典なのか。


 つか、確か俺はドラゴンだったはず。

 卵生という事は爬虫類なのか?

 まあ、姿形から見てそうじゃないかなぁとは思っていたけど。



 さすがに誕生間近に卵の中で縮こまっているのは、息苦しさや窮屈さを感じるようになってきた。

 パンチやキックを繰り出すと、壁に穴が空き、ひびが広がって行く。

 外からの全体圧力に強い卵でも、中から一点集中の衝撃にはかなり弱い。

 俺は卵の中から、何とか這い出す事に成功した。


 ……親は留守なのか。


 初めて実在するドラゴンを見たいと思うけど、さすがに目の前で巨大怪獣を生で見たいとは考えられない。

 TVの画面の中や檻の外のような安全な所から見る訳じゃないから、正直恐いと思う。

 いや、自分自身ドラゴンなんだろうけど、自分の目で自分の全体を見渡せる訳じゃないし。


 周りを見渡せば、巣の奥に宝の山が有るのが見える。

 大量の貨幣や立派な造りの剣、鎧など光る物が多い。

 ドラゴンは巣にお宝を溜め込んでいるという御伽噺は本当のようだ。

 今後の活動資金も必要だから、金貨の詰まっているだろう袋を一つ持って行く事にした。

 何にせよ赤ん坊じゃ、それほど物を持つ事が出来ないし。




 そんな訳で、親ドラゴンが帰ってくる前に逃げ出す事にした。



「しかし、前世記憶が有るせいか四足歩行は馴れない物だな」


《ドラゴンは魔力で人化出来るよ》

「ほんと?」


 イルデストのアドバイスが脳内に届く。

 人化すれば体を動かし易いだろうけど、今はドラゴンに見付からない所まで逃げたい。

 安全だろうと思える場所まで逃げ切った後で人化を試した方が良いかもしれない。


「しかし赤ん坊だからかな、直ぐに疲れるんだけど」

《爬虫類って長時間運動は苦手だからね》


 初めて知った。

 しかし思い起こせば、ワニにしろトカゲにしろ瞬間的には早いけど、すぐに動作を止めるからなぁ。

 肉質が白いと聞く、つまり瞬発力に優れる白筋という事だ。持続力が無いのか。


 とにかく今現在の問題として、恐ろしいドラゴンが帰って来るまでに逃げ切らなきゃ。







 俺は住処の洞窟から逃げ出し、岩ばかりの山を下り、草原を突っ切り、森の中へ逃げ込んだ。

 産まれたばかりだと言うのに、よくこれほど動けたものだ。

 何とか沼のある場所まで逃げ切った。


《ほんと、普通の誕生したばかりのドラゴンでも動けなかったろうにねぇ》

 面白そうに話し掛けるイルデストに腹が立ってくる。


「人事だと思って暢気にしやがって」

《まあまあ、次には魔法の事を知りたいんじゃなかったのか?》


 そう言われればそうだった。

 とにかく四足歩行は慣れなくていかん。

 せめて生前のように人型にならなければ何かと不便だろう。

 俺はイルデストから魔法の使い方を習う事にした。


《先ずは目を瞑って意識を体の中に向けるんだ、血液じゃないエネルギーが感じるかな?》


 イルデストの説明によれば、そのエネルギーが魔素だと言う。

 イメージングで魔素を動かし、火・水・土・風の要素を加え、体外に押し出すのだそうだ。


「呪文の詠唱はしないんだ?」

《呪文詠唱をするドラゴンなんていないだろ?》


 言われてみれば、その通りだ。

 つまり、俺は最初から無詠唱で魔法を使う事が出来る立場にある。


「ドラゴンブレスはどうやるんだ?」

《それはもう少し魔法に熟達してから教えるよ》


 どうやら呼吸とは違うようだ。

 考えてみれば、そうなるか。

 でも、魔法を口の辺りから発射するという考えで良いのかもしれない。







 ギャオオオーーーーンン

   ギャオオオーーーーンン


 しばらくの間体内の魔素を感じる練習をしていたら、俺が逃げて来た山の方で巨大なドラゴンが飛翔している姿が見えた。

 20m位はあるのかな、赤みを帯びた黒い巨大なドラゴンが大きな翼を広げ、俺を探しているようだ。


 ……やっぱり逃げて来て正解だったかも。


《餌を運んできたのかも知れないね》

「え?」


 イルデストの言葉で気が付いた。

 俺は誕生したてで、まだ何も食べていない。

 気が付けば空腹状態だった。


「何とかしなくちゃいけないな……」

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