第23変 忘れられた教科書と隣の君
教科書を忘れた。
この事実に気づいたのは、授業が始まって数秒後のことだった。机の中に入れていたはずだが、いくら探しても見つからない。
「それでは教科書の68ページを開いてください」
この言葉と共に、みんなが教科書を開く音が教室中に響き渡る。どうするべきか。頭の中はパニックになり、冷や汗が出る。今更、先生に教科書が無いと宣言しても遅い上に恥ずかしくて出来ない。とにかく、こっそりと深呼吸をし、状況を再確認しよう。
まずどうして教科書が無いんだ? そういえば、昨日、部屋の机の上に何か置いてあったような気がする。……絶対それが教科書だ。
よし、教科書がここに無いことは分かった。次に考えるべきことは、どうやってこの時間を乗り越えるか、だ。運がいいことにこの授業は社会。国語と違って文章を読むということがない。つまり、先生に見つからないようにノートを取っていたら大丈夫だろう。
そう結論づけ、必死にノートを取っているかのようにシャーペンを動かす。
「じゃあ、最後にここを読んでもらおうかな。出席番号順に読んで、丸の所で交代してください」
全身の血の気が引く。
俺の出席番号は九番。確実に当たる。やばい、どうするべきか。……そうだ、誰かに見せてもらったら良いんじゃないか。隣の人は小倉さんとヤンキーの人、確か
……無理だ。そもそも話しかけることが出来ない。でも、意外に真面目に授業を受けている。小倉さんにも少し声をかけにくい。それなら、久保か晴翔に……。
ちらっと後ろを見る。
駄目だ。晴翔は昨日の弁当のせいで休んでるんだ。それなら久保に声をかけるしかない。
前の席に座っている久保に声をかけようとする。
「すみません、先生。教科書を忘れてきてしまいました」
え?
久保の隣に座っている男子生徒がそう言う。
「何でもっと早く言わなかったの?」
「すみません」
「忘れたなら仕方ないですが、次からは気をつけてくださいね。ええと、それなら久保さんに教科書を見せてもらってください」
先生がそう言うと、男子生徒は久保の机に自分の机をくっつける。久保は無表情で合わせた机の真ん中に教科書を置いていた。男子生徒の顔がにやけているのが分かる。その光景をこの教室中にいる男子全員が羨ましそうな顔で見ていた。
それより、こいつのせいで久保に見せてもらうことができない。先生にもより言いにくくなった。……終わった。
朗読は順調に進んでいく。こうなれば、教室に隕石が降ってくるように祈るしかない。
「洲本君」
そんなとき、隣からかすかに声が聞こえてきた。声がした方向を向くと、小倉さんが教科書を渡してくる。
「え」
何が起こったか分からないまま、教科書を受け取ると、小倉さんは前を向く。教科書には一枚のメモ用紙が貼られていた。そこには、
『教科書忘れてきたんでしょ? 68p 12行目』
と書かれていた。
小倉さん……。思わず泣きそうになる。小倉さんのお陰で朗読することができ、無事に授業を終えることもできた。
「あの、ありがとうございました」
そう言いながら、小倉さんに教科書を返す。
「……危ないところだったね。洲本君が読む前に気づけてよかったよ! 教科書忘れたなら、声をかけてね」
そう言われながら、一枚のメモ用紙を渡される。
「ん?」
そこには、
『私が忘れたら、ちゃんと見せなさいよね』
と書かれていた。
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