第22変 HELLな弁当交換会
夏休みも終わったというのに、まだまだ暑い。そんな日の12時25分。四限目の終わりを告げるチャイムが鳴る。
それと同時に広げていた教科書やノートを片付けた。号令をし終えると、急いで教室から出る。そして全速力で廊下を走り、
『久保、そっちは大丈夫か』
スマホを取り出し、久保にメッセージを送る。返事はすぐに来た。
『はい。裕様も無事のようで良かったです』
『急いで逃げたからな』
『このまま津久井に見つからないようにしましょう』
物陰から周りを見渡す。何人かの生徒が食堂に繋がる渡り廊下を歩いていた。その中に晴翔はいない。とりあえず一安心だ。
俺たちが晴翔から逃げている理由は、晴翔が「手作りで作ったお弁当の交換会をしようじゃないか!」と言ったからだ。それが晴翔のお母さんが作った弁当なら構わない。だが、晴翔の手作りとなると話は別だ。晴翔の料理はこの世に存在していいものではない。
うっ、思い出しただけで吐きそうだ。
ピコン。
スマホの通知音で我に返る。急いで内容を見ると、久保からメッセージが送られてきていた。
『裕様、大変です!』
『どうした?』
『これを見てください』
一枚の写真が送られてくる。
『え、何で』
写真には晴翔が写っている。
問題なのは俺達のお弁当袋を持っていることだ。
『分かりません。ただ、絶対に私達を見つけるつも』
『どうした!?』
途中で途切れる久保のメッセージに不安になる。
もしかして見つかったのか? いや、そんなまさか。いくら何でも早すぎる。
「裕」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あ」
そこには、晴翔がにっこり笑って立っていた。近くに絶望したような顔をする久保がいる。
「裕も花織も酷いじゃないか。どうして僕を置いていくんだい? でも大丈夫さ。僕はどんなに置いていかれようが、二人を見つけてみせるよ」
そうだ。晴翔は凄く運がいいんだ。歩いた先に偶然、俺達がいたんだろう。
「……終わった」
誰にも聞こえないように、そう呟いた。
憂鬱な気持ちでいつも昼食を食べている空き教室に移動する。空き教室に着くと同時に、晴翔は忘れ物をしたのを思い出したそうで、忘れ物を取りに行った。
「……最悪だ」
そう呟く。
「再び兵器を食べる日が来るとは思っていませんでした」
兵器は晴翔が作った料理のことだ。一口食べるだけで吐き気がすることはもちろん、他にも腹痛を起こしたり、めまいを起こしたりしてしまう。
「すみません、思い出したら吐き気が……」
久保は口を押さえて、教室から出て行った。
実を言うと、俺は晴翔の手料理を食べたことはない。しかし、晴翔の手料理の恐ろしさは知っている。
晴翔の料理の恐ろしさを初めて知ったのは、小学五年生の時だ。家庭科の調理実習で一人ずつ、茹で野菜を作ることになった。にんじん、ブロッコリー、キャベツを切り、茹でるだけの簡単な料理だ。調理中は何も問題はなかったが、試食の時に大事件が起きた。晴翔が作った料理を一人の子が食べたのだ。口に入れた瞬間、その子は倒れ、救急車に運ばれる羽目になった。ちなみにその子は、重度の食中毒で一か月以上学校に来ていなかった。
この出来事から、俺は晴翔の料理が危険だと学んだ。
昔のことを思い出していると、いつの間にか晴翔と久保が帰ってきていた。晴翔はいつもより楽しそうに袋からお弁当を取り出す。そして、弁当箱の蓋を開けた。
「うっ」
久保はすかさず口を押さえる。俺は急いで窓の側に近寄り、外の空気を吸う。しかし、無惨にも吐き気が、うっ。
「どうしたんだい?」
「は、晴翔。それは何だ?」
全体的にねちょねちょしており、異常な臭いを放っているお弁当。俺はそれを指差しながら聞く。
「僕お手製の手作り弁当さ。まず、これがご飯。普通のご飯じゃ物足りないから、バニラアイスを混ぜてみたよ」
溶けたバニラアイスを米が吸収したのか、米が膨れ上がっていた。めちゃくちゃ甘そうだ。
「そしてこれが卵焼きさ。こっちはタコさんウィンナーで……」
卵焼きとウィンナーは焼き過ぎて、ほぼ炭になっている。ちなみに、タコさんウィンナーって言っているが、形は全然タコじゃない。
「で、これはメインディッシュのハンバーグさ」
「これが、ハンバーグですか……」
久保はそう呟いた。
最も酷いのがこのハンバーグだ。見たところ、ねちょねちょしたものと黄色いどろどろしたものが付いている。
「このねちょねちょしたものは?」
「これかい? これは納豆とオクラと山芋をミキサーで混ぜたものさ。ねばねばしたものは健康に良いって言うだろう? だからハンバーグにかけてみたのさ」
「そうか……」
食べると口の中が大変なことになりそうだ。
「その黄色いのはなんですか」
気味が悪そうな顔で、久保は晴翔に聞く。
「これはたくあんとバナナをすりつぶして、刻んだものさ!」
「そう、ですか」
「そうさ。さて、そろそろ始めよう!」
晴翔はそう言いながら鞄から一枚の紙を取り出す。そして、その紙を四角形に破り、それぞれの名前を書く。
「誰がどのお弁当を食べるのか、くじで決めようじゃないか」
結局、運で全てが決まるのか。
くじを開く手が震える。おまけに冷や汗が止まらない。
「あ」
紙には『花織』と書かれていた。
目を見開き、久保の方を見る。
「私は裕様のお弁当でした! 良かったです!」
こんなに笑顔の久保は久しぶりに見た。
「ていうことは……」
晴翔の紙を見ると、太い字で『晴翔』と書かれていた。
「流石、僕だね。自分で自分のお弁当を当てる……。これも運命さ。仕方ない、今回は運命に従おうじゃないか」
「つまり、それは津久井が食べるのですか?」
久保が聞く。
「ああ。運命には従わないといけないからね」
助かった。
久保もそう思ったらしく、顔に安堵の表情を浮かべている。
「それじゃあ、いただきます」
晴翔は箸を持ち、ご飯を一口食べる。
そのあとの展開は想像通りだった。
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