第16変 迷子の少女と暇な俺

 土曜日の朝、学校も部活もない俺に取っては至福のひとときだ。今日は家でゴロゴロする予定、だった。


 俺は今、大きなショッピングモールにいる。


 母に無理やり連れてこられた。そんな母は、俺を連れてきたのに関わらず、


「それじゃあ、二時間後に集合ねー」


 と言い残し、母はどこかに消えていった。

 連れてこられた意味が分からない。とりあえず二時間もどうすればいいんだ。


「……ん?」


 どうするべきか考えていると、小さな女の子がこっちを見ていることに気づく。辺りを見渡しても、親らしい人はいない。

 もしかして、迷子か? ほっとけないし、話しかけてみるか。


「君、ええと、お母さんとお父さんは?」

「……」


 女の子は何も言わずに下を向く。


「その、どこから来たんだ?」

「……家」

「家、か」


 どうすれば良いか悩んでいると、放送が流れる。


『迷子の放送をいたします。黄色のシャツに青のズボンをお召しの三歳くらいの男の子をインフォメーションセンターでお預かりしています。お心当たりの方はインフォメーションセンターまでお越しください』


 これだ。ひとまず、この子をインフォメーションセンターに連れて行って、迷子の放送をしてもらおう。


「放送してもらうから、ついてきてくれないか?」

「知らない人にはついて行ったらダメだから……」


 意外としっかりしている子だ。


「大丈夫。ついてきてくれたら、お母さんやお父さんに会えるから」

「……いないもん」

「え?」

「パパとママ、お仕事でいないもん! 一緒に来てくれるって言ったのに!」


 そう言い、女の子は大きな声で泣き始めた。俺は慌てる。


「ご、ごめん。そうだ、お腹すいてないか? 何か食べよっか」


 女の子は泣き止み、目を擦るとこっちを見る。


「……ほんとに?」

「ああ。何か食べたいものは?」

「……ドーナツ。ドーナツが食べたい」

「ドーナツ? 分かった。それじゃあ、行こっか」

「うん……」


 ドーナツが売っている店に行く。店は二階のフードコートにあるため、二階へ移動し、店に向かって歩く。店に着くと、早速、ドーナツを選び始める。


「何がいい?」

「これと、これ」

「ああ、分かった」


 女の子はいちご味とチョコ味のドーナツを指さす。そのドーナツを取って、会計をする。店で食べていくか聞かれたので返事をし、二つのドーナツが乗ったトレーを持って近くの席に座った。


「食べていいの?」


 女の子は待ちきれない様子で見つめてくる。


「ああ、いいぞ」


 そう言うと、女の子は凄い勢いでドーナツを食べ始めた。


「おいしい!」


 女の子はにっこりと笑う。


「そうか、良かった。食べ終わったらついてきてくれよ」

「うん。お兄ちゃん、知らない人じゃないから、ついてく!」


 いいのかそれで……。


「美味しかったー!」


 女の子は満足そうにする。


「それじゃあ、行くか」


 ドーナツが乗っていたトレーを片付けて、女の子に言う。


「……」

「ん?」

「喉かわいた」

「えっ」

「喉乾いたの。駄目?」


 女の子は俺をじっと見つめる。その目を見ると、断れない。


「わ、分かった。けど、飲み終わったら今度こそついてきてくれ」

「うん!」


 近くの自動販売機でジュースを買うと、女の子に渡す。


「ありがとう!」


 女の子はジュースを飲む。飲み終わると、インフォメーションセンターへ歩き始める。すると、女の子は何かを見つけたようで、どこかに走っていった。


「ちょっ」


 保護者がいたかと思ったが、女の子が走っていった方を見ると、『大抽選会』という文字が見えた。どうやら抽選会をしているらしい。


「一等が、温泉旅行券か。二等はテレビ……結構豪華だな」


 景品を見ていると、女の子が戻ってくる。


「これやりたい」


 言うと思った。どうやら、抽選券がないとできないらしい。そういえば、さっきドーナツを買った時に一枚貰ったような。

 ポケットを探ると、一枚の券がでてきた。抽選券だ。


「ほら」

「ありがとう!」


 もしかしたら、いいのが当たるかもしれない。期待を胸に女の子を見つめる。


「あ」


 女の子は抽選機のレバーを掴むと、何かに気づいたようにこっちを見る。そして、小走りで近づいてくる。


「ん?」

「お兄ちゃんも一緒に」


 女の子はそう言い、俺の手首を掴む。いきなり引っ張られたため、少しよろける。


「はい、握って!」


 俺は言われたままにレバーを握る。女の子も同時にレバーを握る。


「いいのか? 俺もやって?」

「うん! お兄ちゃんとやった方が楽しいと思うから」

「……そうか」


 自然とレバーを握る力が強くなる。


「それじゃあ……」

「「せーの」」


 掛け声と共に、二人で抽選機を回し始める。すると、緑の玉が出てきた。


「おめでとうございます!」


 店の人が持っていた鐘をならす。


「やった!」


 俺達はハイタッチをする。

 こんなことは初めてなので、テンションが上がる。


「特別賞の……」


 特別賞の……?


「夏野菜の詰め合わせが当たりました!」


 夏野菜の、詰め合わせ……。

 特別賞なのに、野菜の詰め合わせ。正直、ショックだ。別に夏野菜が悪いという訳ではないんだが。


「やったね、お兄ちゃん!」


 俺が落ち込んでいる反面、女の子は満面の笑みで喜んでいた。


「え?」

「だって、私お野菜大好きだから! とうもろこしに、トマトにきゅうり。みんな好き!」

「……そうか」


 女の子の言葉を聞いて、少し反省する。特別賞だからと期待をして、勝手に落ち込んでいる俺は情けなかっただろう。沢山の夏野菜が入った袋を受け取ると、


「この野菜、全部食べてくれないか? 野菜も君に食べてもらう方が喜ぶよ」

「いいの!?」


 頷くと、女の子は喜ぶ。


「ありがとう! お兄ちゃん」


 夏野菜を持って、しばらく歩くとインフォメーションセンターについた。そこにいた受付の人に、女の子のことを伝え、放送してもらう。保護者が来るまで中で待つことになった。


「もう大丈夫だ。お家の人がすぐに来てくれるからな」

「うん」

「それじゃあ、俺はそろそろ行くから。野菜、ここに置いとくからな」

「……嫌だ」

「え?」

「ここにいて」


 女の子はしがみついてくる。……不安だったんだな。


「分かった。ここにいるから、もう大丈夫」

「うん……」


 すると、扉が勢いよく開く。


日菜ひなちゃん!」


 女性が部屋に入ってくると、女の子を抱きしめる。そして、女性は立ち、


「あなたがこの子をここまで連れてきてくれた人ですよね。本当にありがとうございます」


 と言い、深々と頭を下げる。


「あなたが見つけてくれなかったら、この子はどうなっていたか……」

「い、いえいえ。俺は当然のことをしただけです。なので、頭を上げてください」


 そう返事をする。


「ありがとうございます」


 女性は頭を上げると、女の子の目線に合わせてしゃがみ、


「ほら、日菜ちゃんもお礼言って?」


 と言う。女の子は保護者がきて安心したのか、涙も引っ込み、にっこりと笑った。


「お兄ちゃん、ありがとう!」


 と大きな声で言い、俺もつられて笑い返す。


「本当にありがとうございました」


 女性は再び頭を下げると、女の子の手を繋ぎ、部屋から出る。俺は女の子が行ったのを見守り、部屋から出ようとすると、


「お兄ちゃん!!」

「え?」


 さっきの女の子が戻ってきた。女の子は走ってきたらしく、息を切らしている。


「これ、お兄ちゃんに」


 女の子はたくさんのナスとトマトを持っていた。


「ナスとトマト?」

「お礼にと思って。それに、これはお兄ちゃんと二人で当てたものだから、お兄ちゃんにも!」

「……そっか」


 俺は女の子からナスとトマトを受け取る。


「ありがとう」

「へへへ。バイバイ、お兄ちゃん!」


 女の子は満面の笑顔で出ていった。

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