第6変 トラブルも青春のひとつ②

「本当に楽しかったね。二人と行けて、僕は幸せだよ」

「ああ、そうだな」


 目的地まで約十五分。その間、二人と話す。


「それにしても、花織。静かじゃないかい?」

「確かに……。久保?」


 横を見ると久保は寝ていた。はしゃいでたから、相当疲れたんだろう。


「少しでも寝かせといてやろう」

「そうだね」


 バスが出発して十分。もう少しで着きそうだ。だが、眠気が襲ってくる。バスが小刻みに揺れるのが心地よい。


「裕。着いたら僕が起こすから、少し寝てたらどうだい?」

「あ、ああ……。ありがとう」


 ありがたい。しかし、不安だ。何故だろう? そんなことを考えている途中に意識が途切れた。



「き……」


 うん……?


「き、み……ち!」


 きみち?


「君たち!」


 目覚めると目の前にバスの運転手さんがいた。


「終点だから降りて欲しいんだが……」


 運転手さんは困ったように言う。


「す、すみません!」


 そう言うと、晴翔と久保を起こす。二人は眠たそうにしながらバスを降りて行った。俺は運転手さんに謝り、お金を払って、バスから降りた。しばらくするとバスは出発していく。

 ため息をつくと、バス停の前にある古びた木のベンチに座る。そして、あたりを見渡した。


「……ん!?」


 おかしいことに気がついた。辺り一面、田んぼだらけだったのだ。本来なら建物がたくさんあるはずなのに、何もない。


 ベンチで気持ち良さそうに寝る、久保と……晴翔を見た。


「おいっ!」


 思わず、大きな声が出る。晴翔に任せた俺がバカだった。起こすどころか、自分も寝てるじゃないか!


「裕様……?」


 さっきの声のせいか、久保を起こしてしまった。久保は周りを見渡している。夢かと思っているらしく、何度も目をこすっている。そして、


「ここ、どこですか?」


 と驚いた顔をして、聞いてきた。俺は今までのことを久保に話す。


「……」


 久保から禍々しいオーラを感じる。怖くて、久保の顔を見ることができない。


「そうですか。津久井が寝たのでこんなことになった、と」

「あ、あの、久保」

「はい?」


 顔は微笑んでいるが、空気は殺伐としている。


「あれだ、バスの中はつい眠たくなるじゃないか。だから、仕方ないって言うか……。その何て言うか」

「津久井を庇うのですね」

「え、いや。俺だって、津久井の立場だったら寝てしまうかもしれないし。その……許してやってくれないか?」


 沈黙の時間が続く。


「……裕様がそこまで仰るなら、仕方ありません。今回だけですからね」

「ありがとう」


 何とか晴翔を救うことができた。


「それで、時刻表によると……。次、バスが来るのは明日らしいです」

「あ、明日!? 冗談だろ」

「いえ、見てみてください。ここ」


 久保に指差されたところを見てみると、確かに明日の朝七時と書いていた。


「ここはあまりバスが来ないようですね。見たところ畑しかありませんし」

「……呑気すぎないか、久保」

「大丈夫ですよ。連絡さえすればすぐに来てくれますから」


 そう言うと久保はスマホを取り出す。


「……確かに連絡したら良い話だな」


 俺は焦っていた自分を落ち着かせ、ベンチに座った。その時、


「あっ」


 久保が呟く。


「どうした!?」

「す、スマホの充電が切れました……。裕様、スマホを貸してくれませんか?」


 あ。


「裕様?」


 最悪なことに気づいてしまった。


「すまん、俺も充電がないんだ……」


 そう言うと久保は、


「裕様もですか!? で、でも、こいつが持っているはず……」


 そう言うと久保は、晴翔のポケットを触る。


「あ、あれ?」


 もう片方にあるポケットも触り、ついにはポケットの中に手を入れて、必死になって探している。


「ないぞ。こいつ、スマホ持ってきてないからな」

「で、でも、使ってましたよね?」


 晴翔はスマホを忘れてきたため、俺が晴翔に貸していた。充電がなくなったのも俺が使ったせいではなく、晴翔が使いすぎたせいだ。つまり、バスを降り損ねたのも連絡をとることができないのも、全て晴翔のせいなのだ。

 このことを正直に言うと、晴翔は久保に殺されてしまうかもしれない。少し、オブラートに包んで言うか。


「俺のスマホを貸してたんだ」

「じゃあ、こいつが使いすぎて充電がなくなったと」


 すごい。当たっている。って、関心してる場合じゃない。何とか久保を抑えないと、晴翔が大変なことに……。


「ち、違うんだ! 実はこのスマホ、バッテリーの減りが早いんだ」

「バッテリーの減りが?」

「あ、ああ。本当に早くて迷惑しているんだ」

「それは、バッテリーの故障が原因かもしれませんね」


 よかった。なんとか誤魔化せた。


「では、まずはたたき起こすことから始めましょうか」


 駄目だ。全然誤魔化せてない。どうしたら……ん?


「く、久保。あれ」


 近くの川の周辺に何か黄色いものが浮かんでいる。浮かんでいるというよりは、飛んでいるような。

 ……あ、まさか。


「あれは……って、裕様!?」


 川に向かって走る。


「ああ、やっぱり」


 そこには蛍がいた。最初は数匹しかいなかった蛍だが、だんだんと数が増えてくる。無数の光が闇の中で輝いていて、とても綺麗だ。


「美しいですね。私、初めて見ました」

「俺もだ。こんなに綺麗なもんなんだな」


 しばらく眺めていると、


「また、遊びに行きましょうね」


 と久保が静かに言う。


「ああ」


 俺はゆっくりと頷いた。


「それでどうやって帰りましょうか」

「あ……」

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