第5変 トラブルも青春のひとつ①

「バス、来ないな」


 バス停の前にあるベンチに座り、うなだれながら言う。横を見ると隣のベンチで晴翔が熟睡していた。


「……バスが来るのはいつでしたっけ?」

「明日だな」


 ベンチの上でうずくまっている久保をチラッと見る。そして、時刻表を見て、質問に答えた。


 どうしてこうなったんだ?



 数時間前。


「裕、花織。今日の放課後、予定は空いてるかい?」


 購買へ行っていた晴翔が戻ってきた。


「なんですか。急に……」


 花織が怪訝な顔をして、晴翔の方を向く。


「久しぶりに遊びに行かないか? 三人で!」


 晴翔がニコニコしながら言う。


「急だな……」

「最近二人と遊んでなかったことに、さっき気づいたんだよ。それに今日は学校が終わるのが早いだろう? ちょうど良いじゃないか」


 まあ、確かに。中三の夏以来、遊んだ記憶がない。受験勉強が大変だったからな。


「で、どこに行くんだ?」


 ペットボトルのお茶を飲み、晴翔に聞く。

 俺は行く気になっていた。久しぶりに三人で遊ぶのもあって、とても楽しみだ。


「そうだね……。商店街はどうだい? バスに乗ることになるけどね」


 商店街は一駅先にある。いろんなお店がある、大きな商店街だ。


「俺は大丈夫だ。久保は?」

「津久井と一緒なのは嫌ですが、裕様がいるので……。私も行きます」

「分かった」


 よし。これで三人で遊びに行ける。放課後が待ち遠しい。



「さて、どこに行こうか?」


 晴翔が『商店街』と書かれた主張の強い看板を見ながら言った。あの後、授業が終わり、バスに乗って商店街に来た。今はどこに行くか決めている所だ。


「最初に行くのは、やっぱりあそこじゃないですか?」

「ああ」

「そうだね」


 三人揃って顔を見合わせる。

 俺達が商店街に来たら、必ず行く店がある。それは……。


「「「三田精肉店!」」」


 この店は精肉店であり、ここのメンチカツはめちゃくちゃ美味しい。よくテレビの取材が来るほどだ。考えるだけでも食べたくなる。

 

 店は今いる場所に近い所にあるため、すぐに着いた。

 早速、メンチカツを買う。この店は買うと揚げてくれるため、揚げたてで食べることができる。数分待つと熱々のメンチカツが出てきた。


「美味しそう……」


 久保が呟く。

 美しい狐色をした熱々メンチカツ。見てるだけで腹が減ってくる。追い打ちをかけるように、メンチカツの匂いが鼻元へ漂ってきた。


 ……もう我慢できない。


 それは二人も同じだったようで、今すぐ食べたそうな顔でメンチカツを見ている。


「じゃあ、食べようか」

「そうですね」

「それじゃあ……」


「「「いただきます!」」」


 メンチカツを一口食べる。


「うまい!」


 思わず声が出た。一口かじるやいなや、溢れるほどの肉汁がぶわっと出てくる。牛肉と外のカリッとした衣がマッチしていて、とても美味しい。

 久々に食べたが、やっぱりここのメンチカツはうまいな。


「このメンチカツは本当に美味しいですね」

「だな」

「ああ……。この美味しさは天使が……」

「初めて食べた時は驚きました」


 久保が晴翔の声を遮ぎるように話す。


「久保なんか、この店を買おうとしてたもんな」

「あまりにも美味しかったので、つい……」


 恐ろしい。金持ちって恐ろしい。


「それで次はどこに行きますか?」


 久保が言う。


「次は——」



「つ、疲れた……」


 バスの一番後ろの座席に座る。


「あの後、たくさんのお店に行きましたからね」


 久保は俺の隣に座り、俺を見ながら微笑んだ。


「そうだな。カフェに服屋に雑貨屋に本屋に……きりがないな。こんなに疲れたのに、あいつは……」


 晴翔の方を向く。


「子猫ちゃん達、とても可愛いね。僕は子猫ちゃん達に会えて何て幸せなんだ!」

「「きゃー!!」」


 俺達の二つ前に座っている、知らない中学生に話しかけていた。女の子達は叫びまくっている。


「バカは死んでも治らないって言うじゃないですか。だから、ほっときましょう」

「そうだな。って、来た」


 晴翔は中学生に別れを告げて、俺の隣の席に座った。久保は気色悪そうに晴翔の顔を見る。


「どうしたんだい? 花織? ……もしかして、嫉妬かい? 安心してくれ、僕は……」

「お静かに」


 冷たくそう言うと久保はスマホをつつき始めた。晴翔は悲しそうに下を向く。

 そして、バスは出発した。

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