第4変 運が良ければ全てよし
入学してからそこそこ経った今日。この日を俺はとても楽しみにしていた。それは、体育の授業があるからだ。別に運動が得意というわけではない。なのに何故楽しみなのか? それは、体育は男女別れてやるため、クラスの男子と仲良くなれる確率が高いからだ。
俺はまだ、久保と晴翔以外の友達が一人もできていない。
この日のためにいろいろ考えてきたんだ。頑張るぞ。
早速、着替える為に更衣室に移動する。中学校の頃は教室で着替えていた俺にとって、更衣室で着替えることは少し楽しみだ。
ロッカーに荷物を入れたとき、どこからか大きな歓声が聞こえてきた。
「凄いな、津久井! 筋肉やべー!」
「何か筋トレとかしてんのか?」
晴翔の周りに数名の男子が集まって、晴翔の腕の筋肉を触っている。
「何もしてないね。けど、筋肉が勝手に体についてくるんだ。僕はこの筋肉で、子猫ちゃん達を守るよ」
と、気味が悪いことを言い、数名の男子のうちの一人に壁ドンをする。うぇ……。
壁ドンをされた男子が顔を赤らめる。これが地獄絵図か。
「つ、津久井……」
「すまない。つい……」
「いや、大丈夫だ。むしろ、嬉しいような」
「何か言ったかい?」
「な、何でもない! 今日のバスケ期待しとくからな!」
数名の男子が更衣室の外に出て行った。
最悪なものを見た。早く着替えよう。
ロッカーから体操服を取り出した瞬間、晴翔と目が合う。
「しまっ……」
「やぁ、裕。どうして先に行ってしまったんだい?」
晴翔が近づいてきて、話しかけてくる。
あまりにも楽しみで、晴翔のことを忘れていたなんて言えない。
「まあ、そんなことはどうでもいいさ。それより裕に頼みがあるんだ」
何となく分かる。
「助けてくれないか!」
やっぱりな。
晴翔は、運動・勉強が全くできない。良いのは顔だけ。顔が良いだけあってか、スポーツ万能でよく勉強ができる完璧人間だと誤解される。完璧人間は久保だけで十分だ。
今回もみんなに期待されている。こいつもこいつで大変だな。でも……。
「すまん。今回は自分で何とかしてくれ」
本当に申し訳ないが、俺は今日のためにいろいろ準備(脳内シミュレーション)をしてきたんだ。晴翔を助けたら全て台無しになってしまう。それに、晴翔は……。
「お願いだ! 僕は子猫ちゃん達を傷つけることができない。子猫ちゃん達は僕に期待してくれているんだ」
晴翔が俺にしがみついてくる。晴翔はまだ裸のままなので今、人が入ってきたらやばい。そういう関係だと思われるのか、それとも嫉妬されるのか……。
「は、離れろ!」
離れようと抵抗するも、絶対に離れない。
「裕が助けてくれるまで、離れない! いつもは助けてくれるじゃないか」
「お、おい! 晴翔!」
強く抱きつかれた勢いでズボンを脱がされそうになり、必死に抵抗する。
「やめろ! そもそも、今までみたいに休んだらいいだろ!?」
晴翔は、小・中学と体育の授業に参加していない。しかし、体育の成績は5ばっかりだった。きっと、顔のおかげだろう。
「逃げてばっかりでは駄目なんだ! 高校生になったから変わらないと」
謎の覚悟をしないでほしい。それよりもこのままでは、ズボンが脱がされる。やばい、やばい。夢の高校生活が終わってしまう。
「わ、分かった! とりあえず、離してくれ!」
そう言うと、晴翔は嬉しそうな顔でズボンから手を離す。
「ありがとう。裕なら助けてくれると思っていたよ」
仕方ない、今は友達を作るのは諦めるか。それにしても助けるって、何したら良いんだ? 休み時間は残り少なく、じっくり考える暇はない。
「裕、作戦があるんだ」
晴翔は俺の不安げな顔を見て、ゆっくりと言った。
「作戦……?」
晴翔が考える作戦、嫌な予感しかない。
「そうさ。まず、チームは出席番号順で決めるはずさ。だから、裕と同じチームになる確率が高い。いいや、絶対同じチームさ。裕とは運命の糸で結ばれているからね」
「手短に普通に言え」
晴翔が少しガッカリする。時間がないんだ。
「……作戦はシンプルさ。もし、僕にボールが来たら、裕にパスする」
「シンプルだな」
「シンプルだけど、これ以上何も思い浮かばなかったんだ」
よく、そんな自信満々な顔で言えるな……。能天気なやつだ。
不安の中、体育の授業が始まった。
「よーし、今からバスケをする。まずはグループ分けだ」
先生は出席番号順に、4チーム作っていく。1チーム5人ずつだ。予想通り、俺と晴翔は同じチームになった。
「裕、作戦通りだ」
「ああ、そうだな」
始まる前に晴翔が小声で言う。
そして試合が始まった。早速、仲間がボールを晴翔にパスする。が、晴翔はボールをキャッチできず、床に落としてしまう。
「……」
賑やかだった周りが静かになる。
まずい。そういえば、キャッチも出来なかったんだ。作戦のパスどころではない。それより、まずいのは晴翔だ。さっきのパスで運動ができないと証明された。顔が真っ青になっている。
「……なるほど! これは、わざと下手なふりをして相手を油断させる作戦だな!」
「そうだったのか! 本気はシュートの瞬間まで取っておくつもりなんだな!」
晴翔の近くで固まっていた男子が叫ぶ。
何とか誤魔化せたのか?
安心したのも束の間、試合がすぐに再開された。再び、晴翔の顔が真っ青になる。今度失敗したら確実に運動音痴だとバレる。
……あの顔をみたら、ほっとけないな。それに――
再びボールが晴翔の元へいく。俺はそのボールに向かって全身全霊で走る。晴翔の前にボールが来た時、思いっきりボールに飛びつき、キャッチした。
「裕……!」
「俺に任せとけ」
そう言うと、俺はドリブルをついてリンクへ向かう。途中で敵チームの人が妨害してきたが、全てかわす。そして、リンクの斜め下についた。良い場所だ。
これで入れれば、晴翔も助かるし……俺は注目されて友達ができるかもしれない。思わずにやけてしまう。
「よし!」
リンクに向かってシュートする。ボールはリンクに一直線に向かっていった。入ると確信した。が、文字通り一直線に向かっていったボールは、リンクに当たり、別の方向に飛んでいってしまった。
「あ……」
思わず変な声が出る。周りの視線が冷たい。そういえば、自分もスポーツが得意ではなかった。
クラスメイトの一人が近づいてくる。そして、俺の耳元でこう言った。
「総理くん、大人しくしててくれ」
……俺は見学をすることにした。晴翔は困った顔をしたが、知ったことではない。
試合が再開された。いろいろあって、試合終了まであと数秒。ゴール下にいる晴翔にボールが飛んでくる。晴翔はキャッチできずに顔面で受け止めることになると思っていたが、奇跡的にキャッチし、変な姿勢でシュートした。そのボールは綺麗にリンクの中に入っていった。その瞬間、試合は終わる。
今回もそうなると思った……。実は、晴翔はめちゃくちゃ運が良い。いつも、ピンチなことがあっても運で切り抜ける。
そのせいで、俺はいつも無駄死してきた。
明日は休もう。
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