第7変 変態×変態×変態

「総理くん。ちょっといいか?」


 移動教室なので別の教室に移動しようとすると、クラスの人が話しかけてきた。

 体育の時に晴翔が壁ドンをしていた男子を含む、三人組だ。この人達はスクールカースト的には上の方で、下にいる俺になんの用事があるんだ?


「今日の昼、一緒にどうだ?」

「えっ?」


 びっくりした。まさか、友達になれるチャンス……いやいや、そんなまさか。


「総理くんと話したいことがあるんだよ」


 一人が久保をチラッと見ながら言う。気になったが、そんな細かいことまで考える余裕はない。


「って、もうチャイムなるじゃねえか! 総理くん、いいよな?」

「は、はい……」


 勢いに押され、返事をする。

 この後の授業は不安に駆られ、全く集中出来なかった。



 そして昼休み。俺はいつも一緒に弁当を食べている久保と晴翔に今日は別の人と食べることを伝え、三人と一緒に体育館へと向かった。


「俺ら、いつもここで食べてんだ」


 そこは体育館の人目につかない、体育倉庫の中だった。


 ……絶対、嘘だろ。


「え」


 中に入るのを躊躇していると、三人のうちの二人が俺の腕を掴んで、体育倉庫の中に引きずり込んだ。残りの一人が急いで倉庫の扉を閉める。


「え? ……え?」


 俺は混乱していた。俺だけを倉庫に閉じ込めず、一緒に倉庫に入っているということはいじめではないだろう。


「ごめん、総理くん。本当はここで食べてないんだ」


 それは知ってた。


「実は君に聞きたいことがあって、ここに連れてきたんだ」


 一体何なんだ?


「実は……」


 実は?


「久保さんについてのことなんだけど」


 久保? どういうことだ?


「俺達、久保さんと友達になりたいんだよね。けど、相手してくれないっていうか」

「……」


 三人は俺の様子を見ながら、話を進める。


「だから、久保さんに少しでも近づけるように、久保さんの好きなものを聞きたいんだ」


 つまり、久保と仲良くなりたいから、久保の好きなものを教えて欲しいということか。

 ……この話、悪いがお断りだ。個人情報にも繋がってくるし、何より久保に悪い。


「申し訳ないですが、ことわ……」


 と言いかけた瞬間、一人がリュックの中から茶色の紙袋を取り出す。香ばしい匂いが漂ってくる。


「この匂い、まさか」

「そうアップルパイだ。総理くん、好きなんだろ? アップルパイ」


 俺は昔からアップルパイが大好物だ。

 好物には逆らえないため、無意識に紙袋を受け取ろうとしていた。それに気づき、伸ばしていた手を引っ込める。

 危ない、危ない。久保のためだ、我慢するしかない。


「しかもこのアップルパイ、公安堂こうあんどうのなんだぜ」

「こ、公安堂!?」


 思わず声がでる。

 この公安堂のアップルパイは、一日二十個しか販売されず、開店したら数秒で売り切れるほどの伝説のアップルパイだ。まさか、お目にかかることができるなんて。


「どうだ? 公安堂のアップルパイ。欲しくないか?」


 我慢しないと、我慢。

 そう思っていたが、無意識にアップルパイが入った茶色の紙袋を受け取っていた。


「ごめん。久保……」


 誰にも聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。


 三人はリュックの中から、ジュースやらお菓子やらを取り出し、埃っぽい床に広げている。せっせと準備をする三人を見ながら、俺は考える。


 そう言えば、こいつらの名前なんだったっけ?


 いくら考えても分からなかったので、あだ名を考えることにした。

 晴翔に壁ドンされてて喜んでたやばいやつは『壁ドン』くん。眼鏡かけて、さっきから一言も喋らないやつは『メガネくん』。何も特徴がないやつは『Cくん』。


「よし、準備もできたし始めようぜ」


 Cくんがお菓子を食べながら言う。


「じゃあ、俺からな」


 壁ドンくんからか。どんな質問をしてくるんだ?


「久保さんの好きな動物を教えてくれ」

「えっと、猫ですね。……じ、実際に飼ってるので」


 久保は昔から猫が好きで、かなり大きなグレーの猫を飼っている。確か、じゃがいもみたいな品種の猫だったような気がする。


「猫か、なるほどな」


 質問に答えると、壁ドンくんがリュックの中をあさり始めた。そして、何かを取り出し、俺達に取り出したものを見せてくる。


「どうだ!? 可愛いだろ?」


 それはフリフリのメイド服だった。猫耳付きの。


「え?」


 思わず声が出る。


「俺、実はメイド喫茶で働いているんだ」


 つっこむところが多すぎる。


「メイド喫茶……?」

「ああ、これがこの服を着ている時の俺の写真」


 壁ドンくんはスマホを見せてきた。

 そこにはガタイがいい男がメイド服を着て、猫耳をつけている姿が写っていた。


「うわ……」

「何か言ったか?」

「いや、何もないです」


 友達がメイド服を着て働いていると聞いたら、正直ドン引きしてしまう。他の二人もさっきからずっと無言だ。きっと言葉が出ないほど引いてるんだろうな。

 俺は他の二人を見る。すると、


「かっわえー! すごいな! 萌え萌えきゅんとかやってんのか?」


 そうCくんが叫んだ。メガネくんも頷いてる。

 意味が分からない。友達も友達なのか……。


「それじゃあ、次は俺の番な」


 手でハートのポーズを作りながら、Cくんが言う。


「それじゃあ、久保さんが好きな食べ物は?」

「みかんです。毎年、みかんを全国から取り寄せてるらしいです」

「みかんか!」


 嫌な予感が的中した。

 Cくんはズボンのベルトを外し、ズボンを脱ぐ。みかん柄のパンツが姿を現した。しかも女性用。


「きもい……」

「え?」

「いや……」


 何で女性用? 何でみかん柄? よくそんなパンツ売ってたな。


「母ちゃんが買ってきたんだ。良いだろ!」


 いや、全然良くな……。


「めっちゃ良いじゃねえか!」


 壁ドンくんが叫んだ。メガネくんも頷いてる。何かイライラしてきた、早く教室に戻りたい。


「次は何ですか」


 メガネくんを見ながら言う。するとメガネくんは、


「問題ない。分かっている」


 初めて喋ったと思ったら、意味が分からないことを言いだした。


「女子はみんな、プリピュアが好きなんだろう?」

「……プリピュア?」


 プリピュアとは毎週日曜日の朝8時30分にやっている女児向け変身ヒロイン・戦闘美少女アニメのことだ。


「私に良い案がある」


 そう言いながら、紙とペンを取り出した。そして、説明を始める。


「お前と私がそのメイド服をきて、プリピュアになりきるんだ。名前は……『にゃんキャットプリピュア』」


 ダサい。


「俺は!?」


 Cくんは寂しそうに言った。


「妖精だ」

「妖精……!?」

「そうだ。プリピュアには妖精が必要不可欠な存在だ」

「つまり、妖精はとても大事な役ということか!?」

「そうだ」

「うおー!」

「今から、細かい説明をする。総理くん、出て行ってくれないか?」


 そうメガネくんが言うと壁ドンくんに押し出された。

 すこしムカついたが、やっと教室に戻れる安堵と変なことに巻き込まれなくて良かったという気持ちの方が強い。

 この3人は一体、何をするつもりなんだ?



 教室に戻って久保と晴翔と話していると、勢いよくドアが開いた。

 そこには、あの三人組がいた。壁ドンくんとメガネくんは、フリフリのメイド服を着ている。そして、Cくんはみかん柄のパンツ姿があらわになっており、パンツ一丁の状態だ。

 三人は久保の前に来る。


 教室中が静かになった。廊下を見ると、他のクラスの人がたくさん見に来ている。


「……フタリトモ、ヘンシンヨ!」


 Cくんが変な決めポーズをしながら、聞き取りづらいぐらいの甲高い声で言う。すると、Cくんとメガネくんはしゃがみこんだ。

 壁ドンくんがくるくる回り出す。そして、


「みんなにあ・げ・る、にゃんのもふもふとかわいさ! ピュアしろにゃ!」


 と叫びながら、白色の猫耳をつける。

 次に壁ドンくんがしゃがみ、メガネくんが立ち上がり、壁ドンくん同様、回り出した。そして、


「生きていくためには知識と魚が必要。ピュアくろにゃ」


 と叫びながら、メガネをくいっとし、黒色の猫耳をつける。すると他の二人が立ち、


「二人合わせて、にゃんキャットプリピュア!」

「ニャンニャーン」


 と決めポーズをする。三人はやりきった顔をしている。


「……」


 みんな唖然としていた。教室にいた人だけではなく、廊下で見ていた人まで静かになり、一切誰も喋らない。

 そんな時、


「きも」


 誰かの声が響いた。


 あれから、三人はあっという間にカースト下位へと落ちていった。あの奇行がネットにも拡散され、沢山の人に冷たい目で見られているが、三人は楽しそうに毎日を過ごしている。

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