第一章 第九節 ~ 三匹の盗賊 ~


     ☯


「≪ムーンフォース≫っ!」


 逃げる盗賊達の目の前に、バスケットボールくらいの大きさの光球が現れる。

 それが爆発して、爆風により盗賊達を吹き飛ばした。

 遠距離攻撃に有効な矢避けのローブも、範囲攻撃に対しては効果が無い。


 宙に投げ出された盗賊達であったが、三人共見事な体術で体勢を立て直し、華麗に着地を決めた。

 不測の状況に対する判断力も高い。

 盗賊だからと言って、油断してよい相手ではなさそうだ。


 彼らの目の前に、ピョンピョンと跳ぶように後を追いかけて来たミラが、ふわりと降り立った。


ようやく追いついたのです! さあ、大人しく盗んだ物を返して、ギルドまで同行してもらうのですよ!」


 ダガーを構え、鋭い視線を向けるミラに対し、盗賊達は出方をうかがっていた。

 逃げるか戦うか、迷っているのだろう。

 迂闊うかつに攻撃して来ないということは、ミラの実力を知っているということに違いなかった。


 ミラの方も、ここで仕掛けるかリオナの合流を待つか決めかねていた。

 自身の敏捷性びんしょうせいがリオナより高い為に、彼女を置いてけぼりにしてしまったのだ。

 盗賊達に逃げられる前に仕掛けたいが、三対一という数の差に、若干の不安を覚えざるを得ない。


 両者がにらみ合い、その身から魔力のオーラを立ち昇らせる。


 チリチリと肌が焼けつくようなプレッシャーが辺りを襲う。


 民家の屋根に止まっていた漆黒のからすがしゃがれた鳴き声を上げ、バサバサと翼をはためかせながら、上空へと飛んで行った。


 ゴクリと息をみ、イチかバチか攻撃を仕掛けようと、ミラが両足にバネをめる。


 そこへ、少し遅れて彼女の後を追って来たリオナが姿を現した。


「やれやれ、今の敏捷性じゃ、とてもじゃねえがミラの足に追いつけねえ……全く不便な身体だな……」


 金髪の後ろ髪をボリボリときながら、不機嫌そうな声音で言う。

 そちらを横目でチラリと見りつつ、


「あ、リオナさん、今彼らを――」


 と、ミラが一瞬目の前の盗賊達から気をらした――その時だった。


「――≪影討ち≫」


 一番先頭に立っていた盗賊の一人がスキルを発動させ、自らの影の中に潜ったかと思うと、一瞬のうちに民家の影の中を泳いで移動し、リオナの背後に伸びた影から、ぬるりと姿を現した。


「リオナさんっ‼‼」


 リオナの背後に現れた盗賊の存在に気が付き、ミラが引きった悲鳴を上げる。




 その声と同時に背後の気配を感じ取り、振り向いたリオナの顔面に、盗賊の持ったナイフがよどみなく突き込まれた。




 ガチンッ!という硬質な音が静かな路地裏に響く。

 ナイフの刃が当たった音だ。

 ミラのいる方からは見えなかったが、刺された位置からして、致命傷は免れない。

 スローモーションのように動きがどんよりと鈍った世界で、盗賊の顔がニィとゆがみ、ミラは顔面を蒼白そうはくにして息を呑んだ。


「……へえ、不意打ちたあ、なかなかいい趣味してんじゃねえか」


「ッ!」


 息を呑んだのは盗賊も同じだった。

 盗賊のナイフはリオナに刺さる前に止められていた。




 リオナは盗賊が突き出したナイフの刃を、噛みついて止めていたのだ。




「貴様ッ! どんな反応速度してやがるッ⁉」


 盗賊が慌ててリオナから飛び退すさる。

 受け止めたナイフを弄びながら、リオナは犬歯をのぞかせて言った。


「他人の物を盗んだテメェらとオレとの間には何の関係もえ。だが、テメェらの方からオレに手を出すってんなら、遠慮なくたたき潰させてもらうぜ?」


 拳を握り、戦闘態勢を見せるリオナ。

 ひやっとする場面もあったが、無事合流することができた。これなら数の差に圧倒されることもなく、堂々と彼らと渡り合える。


 ミラもダガーを構え直し、戦闘の準備に入った。


「さあ、やってやりましょう、リオナさん! 街の平和を脅かす悪党を、私達の手で懲らしめるのですっ!」


「いや、正直街の平和とか、オレにはどうでもいいんだが」


「そ、そこは合わせてくださいよ! 街の秩序の維持も、冒険者としての大事な役目です!」


 出鼻をくじかれそうになるのをかろうじてこらえる。

 どうにも彼女といると、こちらのペースを乱されてしまいがちだ。


 気を引き締めるミラ達の前で、三人の盗賊達は集合し、陣形を整える。

 三人共がそれぞれにダガーや手斧ておのといった武装を手にしており、応戦の気を見せていた。

 強い武器ではなさそうだが、構えからして、扱い慣れている様子が窺えた。


 対峙たいじする五人の中で真っ先に動いたのは、リオナだった。


「シッ!」


 姿勢を低くし、石畳の地面を強く蹴飛ばして、一息に盗賊との間合いを詰める。

 目にも留まらぬ鋭い突進だったが、これに盗賊も上手く反応した。

 先頭の盗賊が持っていた手斧がリオナの頭に振り下ろされる。


「せいやッ!」


 リオナは降り下ろされる手斧のつかの辺りを蹴りつけ、盗賊の上体をのけ反らせた。

 相変わらずの破天荒っぷりだったが、効果は覿面てきめんだった。

 のけ反り、がら空きとなった盗賊の鳩尾みぞおちに、渾身こんしんの打撃を叩き込む。


「ぐうッ⁉」


 〝クリティカルヒット〟となったリオナの一撃は盗賊に相当のダメージを与え、僅かな隙を作り出した。

 そこを畳みかけるように、更なる攻撃を加えようとしたリオナだったが、


「≪シックスハント≫~ッ!」


 二刀のダガー使いの盗賊がリオナの背後から襲いかかる。

 手斧使いに向かって既に駆け出しているリオナは、これに対応する手段がない。

 ダガーにはそこまでの攻撃力はないから、らっても一撃くらい耐えられるだろうが、毒などが塗られていたら厄介だ。


 避けられぬ攻撃への対応は、もう一人のパーティーメンバーに任せることにした。


「≪ムーンショット≫っ!」


 淡い色の光弾が撃ち出される。

 しかし、それはいつもの倍以上の直径を持ち、リオナを襲う盗賊のみを狙って飛来した。


 通常、≪ムーンショット≫は小さめの散弾を撃ち出す魔法であるが、チャージを長くすることで、範囲を絞ると同時に威力を高めることができる。

 散弾だとリオナにも当たってしまう可能性があった為、ミラはチャージを長くして魔法を使ったのだ。


 光弾というより砲弾と呼ぶべき巨大な光の弾がダガー使いに迫る。

 〝矢避けのローブ〟の効果もあって避けられてしまうが、リオナへの攻撃を防ぐことはできた。

 その間に手斧使いとの間合いを詰めたリオナは、


「≪ガロ流・ほうじょう≫ッ‼‼」


 バキュア戦で盗んだガロ流拳術の奥義を使う。

 ≪崩城≫は相手を追い込むことに特化した技であり、見切りに長けた盗賊でも、最後のタックルまでは避けることができなかった。


 〝マーズバングル〟の効果で攻撃力の上がったリオナのタックルを喰らい、盗賊は民家の壁まで吹き飛ばされる。

 それでも上手く壁を蹴って体勢を整えたところを見るに、大ダメージにはならなかったようだ。


(こいつはちと骨が折れそうだな……)


 頭を掻くリオナの横で、ミラがダガー使いと交戦していた。

 先程の≪ムーンショット≫で、先に排除すべき相手と認識されてしまったようだ。

 サポーターは先に倒すべきという基本を冷静に抑えている。


「アッヒャヒャヒャヒャヒャ~ッ! こ~のままなます斬りにしてあげるよぉ~っ‼‼」


「くっ! あまり、調子に……っ!」


 ミラはダガー使いに苦戦しているようだった。

 接近されてしまった時点でミラには不利だが、遠目から見ているリオナには、それ以上に彼女の動きが精彩を欠いているように見えた。


(……あいつの敏捷性なら、簡単に間合いを取って反撃できそうなもんだが? ……いや、違うな……なるほど、そういうことか!)


 ミラの動きを観察し、瞬時に彼女の意図を見抜いたリオナは、


「……チッ、あのバカ! こうなりゃ、オレが加勢するしかねえじゃねえか!」


 そうわざとらしく大声で言うと、ミラとダガー使いが交戦する方へと反転し、手斧使いを置いて駆け出した。


(さあ、どうするッ⁉)


 チラリと背後を見遣り、手斧使いの様子を窺う。


 案の定、手斧使いは焦ったようにリオナの背中を追いかけて来た。


(よし、釣れたな。このまま……)


 そうほくそ笑んだ瞬間、リオナの前方に無数のナイフが飛んで来て、正に足を踏み出そうとしたその地面に突き刺さった。


「おっと、アブね!」


 慌てて足を止め、辛うじて飛びナイフをかわす。

 ナイフの飛んで来た方向を見ると、最初にリオナに不意打ちを仕掛けてきた盗賊が、民家の壁にできた影の中から上半身だけを覗かせ、鋭いナイフを手にこちらをじっと睨んでいた。

 足止めされたリオナの下に、後ろから追って来た手斧使いが迫り来る。


(……どうあっても、オレとミラを合流させないつもりか。近接戦に優れたオレを二人で抑え、その間にサポート役のミラを仕留める……なかなかいい判断じゃねえか。それに、攻撃力重視の手斧使いと速度重視の二刀ダガー使い、後方支援の投げナイフ使いというパーティーバランスもいい感じだ)


 思いがけぬ強敵との出会いに、リオナは獰猛どうもうな笑みを浮かべた。

 盗賊が相手というのは少し残念だが、楽しめそうなことに変わりはない。


「それじゃ、ま、気合入れ直してやってやろうかッ‼‼」


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