第一章 第五節 ~ 仁義なき道具屋の戦い ~


     ☯


 防具屋の店主に胸当てのオーダーメイドを注文し、ついでにグローブとシューズも買いそろえたリオナ達は、続いて道具屋を目指していた。


「………………」


 ショックが大きかったのか、ミラは未だに黙りこくったままである。

 別に彼女の案内がなくとも道具屋には辿たどり着けるが、二人の間に流れる空気が重く、道行く人々がさりげなく彼女達と距離を置いていた。


「……オイ、いつまでショゲてんだ?」


「……別に、ショゲてなんていませんから」


 ムスッとした表情で頬を膨らませていた彼女だが、あまり長く引きずるのは性に合わないらしい。気持ちを切り替え、次の目的について話し出した。


「次は道具屋ですね。回復薬やブースターなどの消費アイテムは、冒険者の基本です。入念に準備して、万全な状態でダンジョンに挑まなくてはなりません!」


「そうだな」


 無論、そんなことは、数々のゲームをこなしてきたリオナにとって基礎中の基礎である。

 ストーリー的にはどんなに急ぐ場面であっても、回復と準備は怠らない。ゲーマーとしてのたしなみだ。


 熱弁していたミラは、しかし、一転して顔を曇らせた。


「……しかし、先程の防具屋で予想外の出費がありましたから、予算がもうあまり残っていないのです……。武器の出費は抑えられたのですが、それを差し引いても、ギリギリという感じで……」


「ふむ」


 リオナは軽く思考する素振りを見せた後、


「ま、それに関しちゃ、オレに任せとけ」


「何か良い策でも?」


「まあな」


 自信ありげにニヤリと笑うリオナ。

 いつもの悪巧みをしている時の笑みに、ミラは何か嫌な予感がしたが、資金面をどうにかする為にも多少の事には目をつむらなければなるまい。


(いくらリオナさんでも、流石さすがに強盗するとかまでは言い出さないでしょう……)


 「……本当に?」と問いかけてくる内心の不安をグッとこらえ、ミラは道具屋の入り口をくぐった。


「ごめんくださ~い!」


「いらっしゃいま……ひいいいぃぃぃぃっ⁉」


「? どうかなさいましたか?」


 入店と同時に悲鳴を上げ、必死に後ずさる道具屋の少女。

 恐怖に染まる大きな瞳には、ミラの後ろから姿を現した金髪金眼の獅子人族ライオネルが映っていた。

 ゴールデンレトリバーのようなふさふさのイヌ尻尾が、縮こまってプルプルと震えている。


「よ! 邪魔するぜ!」


「あ、あうあうあうあう……」


 ただならぬ少女のおびえっぷりに、ミラは思わず額を抑えた。

 どうやら、彼女の嫌な予感は早くも当たってしまったらしい。

 あきれ顔で振り返りながら、ミラがリオナに問う。


「……一体何をやらかしたんですか、リオナさん?」


「『やらかした』なんて人聞きの悪いこと言うなよ。ちゃんと真っ当な客として、この〝結晶〟を言い値で買わせてもらっただけだぜ?」


「真っ当な客はここまで怯えられたりしませんよ……」


 はぁーと長い溜息ためいきいたミラは、怯える少女の元に歩み寄った。


「あの、一応何があったかお聞きしても……?」


「あう……そ、その! この前そこの人がボクの店に〝結晶〟を買いに来たんだよ。そしたらその人――い、いきなり、『決闘だ! オレが勝ったらこの〝結晶〟をタダで買わせてもらう! 拒否権はねえ!』とか言い出してぇ‼‼ 何がなんだかわからないままに決闘したら負けちゃって、お金払ってもらえなかったんだよぉッ‼‼」


「ごめんなさいごめんなさいなのですごめんなさいなのですよっ‼‼ ウチの異世界人様が大変なご迷惑をおかけしましたっ‼‼」


 桃色のツインテールを揺らし、わんわんと泣く少女に全力で謝るミラ。

 何ともカオスな状況だが、当の異世界人様は悪びれることなくケラケラと笑っていた。


「もう、リオナさん‼‼ 笑ってないで少しは反省してください‼‼ すみません、〝結晶〟の代金はきちんとお支払いしますから……」


「グスン……ううん、お代は結構だよ……。決闘に負けたボクが悪いから……」


 この異世界には、〝決闘〟というシステムが存在する。

 プレイヤー間で自由にルールを取り決め、勝負するというものだ。

 ゲームでは、PvPかイベントでしかできないことだったが、この世界ではわりと手軽に決闘できる。

 それを利用して、リオナは少女にちょっとしたゲームを仕掛けたのだ。

 不意の勝負とは言え、決闘は決闘。

 その結果を、少女は受けれているらしい。


 ミラが申し訳なさそうな顔をしながら、そっと手を引く。

 彼女とて冒険者であるから、決闘が持つ意味をよくわかっていた。


「うぅ、本当に申し訳ありません……こちらの方にはよく言い聞かせておきますので……」


「そうそう、今日は消費アイテムを賭けた決闘を申し込みに来たんだが」


「これまでの話聞いてました⁉」


「何だよ、何か文句あんのか? ハイドの野郎だって、決闘を推してたじゃねえか」


「それは冒険者同士のお話でしょう。店の人に決闘を申し込んで代金をタダにする人なんて、初めて見ましたよ……」


 がっくりと項垂うなだれるミラ。

 そのウサ耳元で、リオナは邪悪な笑みでささやいた。


「……でも、金が足りねえんだろ? もし十分なアイテムを買い揃えられなくて、その所為せいでオレがモンスターにやられて死んだりでもしたら、オマエの努力は水の泡。そのままこの世界も滅亡まっしぐらに……」


 ミラが苦虫をみ潰したような顔をする。

 世界を盾にされては、彼女も少し考えざるを得ない。

 ミラの内心で、道具屋さんに申し訳ないという良心と、世界の為だからという言い訳がせめぎ合い、葛藤の渦を巻いていた。


 ミラが苦悩し、握った拳を震わせていると、


「……わ、わかったよ……その決闘、受けて立つ‼‼」


「え?」


 まだ若干恐怖の色がにじんでいるものの、気丈に顔を上げてリオナをにらみつける少女がいた。

 冒険者でもないのに、彼らに勝るとも劣らない気力を見せている。


 ミラが慌てて止めに入った。


「そ、そんなことできませんっ‼ ただでさえ迷惑をかけているのに、更にこのお店から商品を搾取しようなどと……」


 言い終わらないうちに、リオナが少女の前に立ちはだかり、鋭い視線で睥睨へいげいした。


「……二言はねえな?」


「うん! 決闘ということは、ボクからも条件を提示できるということだよね? なら、ボクが勝ったら、この前の代金をしっかりあなたに払ってもらうよ!」


「ああ、いいぜ! だが、オレが勝ったら、ここにある薬草系のアイテム、全部タダでもらっていくぜ?」


「の、望むところだ!」


 バチバチと火花を散らすリオナと少女。

 すっかり決闘モードに入っている二人を見て、ミラは躊躇ためらい気味に尋ねた。


「よ、よろしいのですか……? こちらの方は粗野で粗暴で悪戯いたずら好きと三拍子揃ったかなり性質たちの悪い人なのですが……」


「だ、大丈夫! この前ので彼女のやり口はわかってる! それに、ボクが勝てばこの前の損失を全部チャラにできる! こんな二度とないチャンス、逃すわけにはいかないよ!」


「ハハ、なかなか威勢がいいじゃねえか! その気合だけは褒めてやんぜ!」


 ゆらゆらと闘気を立ち昇らせながら、リオナがポケットから一枚のコインを取り出す。


「それは?」


「オレの国で使われてたコインだ」


 「100」という数字と、その裏に桜の柄が描かれたコイン。

 何の変哲もない百円玉だ。


 決闘と言っても、何も本気の立ち合いをするわけではない。

 今回は、この百円玉を使ったゲームで勝敗を決めるつもりだった。


「ルールは簡単だ。コイントスをして、結果がどうなるかを当てる。オレはテメェの選ばなかった方に賭けるから、テメェは好きな方に賭けていい。見事結果を当てられたらテメェの勝ち、外れればオレの勝ちだ」


 ゴクリと少女の喉を鳴らす音が静かな店内に響く。

 ミラも緊張した様子でリオナの持つ百円玉をじっと見つめていた。

 リオナが目を細め、百円玉を親指の上にそっとセットする。


「覚悟はいいな?」


 少女がゆっくりとうなずく。

 それを見て、リオナも満足げな顔をして、百円玉を載せた親指にグッと力を込めた。

 そして――


 キン……という僅かな高音と共に、百円玉が宙に打ち上げられた。

 クルクルと表と裏の模様が目まぐるしく入れ替わり、しょくだいの炎の輝きを反射して、銀色の光を放つ。

 打ち上げられた百円玉が最高点に達し、徐々にそのベクトルを落下の方向に変えていく中で、少女が高らかに賭けるべき向きを宣言した。


「オモテ‼‼」


 緊迫した空気が張りつめる店内で、少女の声はつんざくように空気を震わせた。

 その声の残響が消えゆくと同時、百円玉は「カツ……ン」という鈍い音を響かせて、古びた店の床板へと落下した。


 結果は――


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