第一章 第六節 ~ 1/2の応酬 ~


     ☯


 百円玉は数字の描かれた面を表にして静止していた。

 それを見た少女は、瞳を輝かせて喜びの声を上げた。


「や……やった! ボクの勝ちだー‼‼」


 狭い店内をピョンピョンと飛び跳ね、喜びをあらわにする少女。

 そんな少女を微笑ましく見守りながら、ミラは慰めの言葉をリオナにかけた。


「残念でしたね、リオナさん。ですが、これも当然の結果でしょう。タダでアイテムを手に入れようなんて虫の良い話はないのです♪ さ、きちんとお金を払ってアイテムを……」


「いや? そうでもないさ」


 リオナは床に落ちた百円玉を拾い上げ、くつくつと哄笑こうしょうみ殺しながら言った。


「喜んでるトコわりィが、賭けはオレの勝ちだぜ?」


「な、どうしてさ⁉ コインはきちんと数字の面を表にして……」


「そうだ。そもそもそこが思い違いなんだ。オレの国じゃあ、コインは数字の描かれている方が〝ウラ〟、図柄が描かれている方が〝オモテ〟って決められている。つまり、このコイントスの結果は――〝ウラ〟だったってことだ!」


 語尾を強め、反論すら許さぬ気配で言い放つリオナ。

 その言葉に、少女が顔を真っ赤にして突っかかった。


「ちょ、そんなのナシだよ! 投げる前にどっちがオモテとか説明なかったじゃないか!」


「勝手に数字の面こっちがオモテだと勘違いしたのはオマエだろ? 確認しなかった方が悪い」


「ぅ……そ、そんなぁ……」


 肩を落としてわかりやすくショボくれる少女。

 してやったりとでも言うかのような表情で、リオナは、


「んじゃ、約束通りこの店にある薬草系アイテムを……」


「持って行かせるわけないでしょうっ⁉」


 スパアァァアン、とミラのウサ耳攻撃が飛んで来る。

 それを金髪の頭で受け止めつつ、リオナが口をとがらせた。


「何だよ、決闘には勝ったんだから問題ねえだろ? ちゃんと予算も削減できたんだし」


「問題大アリですよっ! リオナさん、最初からこのつもりでコインを投げましたね? こういうのは〝決闘〟ではなく〝だまし討ち〟って言うんですっ‼‼」


「ほほう、そんなに喜んでもらえると、頑張った甲斐かいがあるってもんだ!」


「今の! 何処どこを‼ どう捉えたらっ‼‼ 『喜んでる』なんて解釈になるんですっ⁉」


 どうやら、ミラは今の決闘が公正さに欠けると思ったらしい。

 生真面目な彼女にとって、あんな相手の裏をくようなやり方は、納得のいくものではないのだろう。


 リオナは、実に面倒臭いと言いたげに金髪の後ろをボリボリと掻きながら、


「やれやれ……そんなに不満だって言うなら、今の勝負、やり直してやってもいいぜ?」


「え、本当に……?」


 顔を上げた少女の瞳に、僅かに希望が宿る。

 あきれたような笑みを浮かべつつ、リオナは、


「ま、ミラに感謝するんだな」


「……そもそもの原因は、リオナさんがイカサマしようとしたからでしょうに……」


 溜息ためいききつつ、ミラが財布から別のコインを取り出す。


「次は、私がコイントスをします。お二人が交互にコインの出る面を答えていき、先に外れた方が負けです。先手はリオナさん、後手は店主さんで。よろしいですね?」


 自分がコインを投げれば、さっきのような不正や不公平はないはず。そう考えたミラは、二人の顔を見つめて確認を求めた。


「ああ、それで構わないぜ」


「ボ、ボクも大丈夫!」


 二人の返事を聞き、コクリとうなずいたミラは、


「では、参ります」


 そう言って、一回目のコイントスを行った。

 宙に舞うコインを左手の甲でキャッチし、右手で覆い隠した彼女は、まずリオナに回答を求めた。


「……リオナさん、お答えを」


「オモテだ」


 即答したリオナが自信満々にニヤリと笑う。

 ミラがそっと手をけて現れたコインには、巨大な弓に矢を番える鳥人族ハーピィの柄が描かれていた。


「……正解です」


「ま、当然だな!」


 この勝負、リオナが外していれば、その時点で勝敗が決する可能性もあった。

 そのプレッシャーをものともせず、毅然きぜんと自らの回答を口にした胆力は流石さすがと言うべきか。


 ミラが内心で感心しつつ、今度は少女に向かってコインを指し示した。


「次は店主さんの番です」


「う、うん!」


 緊張した面持ちでコインを見つめる少女の前で、ミラが再びコイントスを行う。

 パシッという軽快な音と共にコインをキャッチしたミラは、


「さあ、どちらに賭けますか?」


「ウ……ウラ!」


 ゴクリと喉を鳴らしつつ、そっとコインをあらわにする。

 今度は、三又のヘビのような柄の描かれた面が表になっていた。


「正解です」


「ふぅー……」


 額に浮かんだ汗を拭い、張りつめていた顔の筋肉を緩ませる少女。

 が、決闘はまだ終わっていないことを思い出し、慌てて元の緊張した表情に戻した。


「ハハ、そう身構えるなよ! 別に命を賭けてるわけでもねえんだし、楽しくやろうぜ?」


「お金を払ってもらえるかどうか、店にとっては死活問題なんだよぉ! うぅ……」


 そう言って半泣きになる少女は、正に生きるか死ぬかの瀬戸際にいるように見えた。


 これまでの経緯から、少女に引け目を感じているミラは、内心では少女に勝って欲しいと思っていた。


(頑張ってください、店主さん……!)







 その後もゲームは続き、両者が更に三回程答えたところで、再びリオナの番になった。

 二人共運が良いのか、ここまでハズレはない。

 正直もっと早く勝敗がつくと思っていたミラは、現状に疑問を持ち始めていた。


(……1/2の確率を、こうも連続して引き当てられるものでしょうか? 店主さんはかく、リオナさんには何か仕掛けがあるはず……)


 いぶかしみながらもコインを投げる。

 宙に舞ったコインを覆い隠すようにキャッチ――


「オモテだ」


「え?」


 キャッチする前に、リオナは答えていた。

 一拍遅れてキャッチしたコインをすぐさま確認してみると、そこには確かに鳥人族ハーピィの柄が描かれていた。


 上機嫌にニヤニヤと笑うリオナに、疑惑の視線を向けつつ、


「……リオナさん、また何かイカサマをしていません?」


「いんや? 今回は何もしちゃいねえさ」


「その割には、随分簡単にコイントスの結果を当てているようですが?」


「なんでだと思う?」


 そうかれても、ミラにはリオナの絡繰りに、皆目見当もつかなかった。

 少なくとも、自分が投げるコインに何かを働きかけている様子はない。

 コインに何かされたのだとすれば、その時点で多少の違和感を感じるはず。


 しかし、そうした違和感は、今までのところ少しも感じられなかった。

 疑わしいのは確かであるが、その正体をつかむことができない。

 具体的な不正の方法を証明できなければ、それは単なる言いがかりと同じである。


 結局、ミラはリオナの不正を指摘できず、ギリと歯みした。


「うぅ……リオナさんのイカサマがわからないなんて……」


「だからイカサマじゃねえって。まあいい、ギブアップってんなら、答えを教えてやらあ」


 ひょいとミラの手からコインをひったくる。

 リオナはそれを親指に載せ、適当な動作でコイントスをした。

 コインが宙に舞うのを見つめつつ、


「この調子なら0・53秒後に最高点に達し1・81秒後に着地するまでに58回転して床に当たり跳ね返って3回転した後――ウラが出る」


 彼女が言い終えたのと床に落ちたコインが裏面を出して静止したのは、ほぼ同時だった。


 彼女の予言通りの動きを見せたコイン。

 その光景は、まるでコインの方が彼女の予想に合わせているかのようだった。


 薄気味悪さに背筋を震わせたミラは、ウサ耳を戦慄わななかせながら恐る恐る尋ねてみた。


「ま、まさか、リオナさんは――高速で回転するコインの動きを見切った上で、落ちた時の結果まで完璧に計算できてしまうと言うのですか⁉」


「正解だ♪」


「そ、そんなことできるわけが……!」


「それができちまうんだな~! オレくらいのゲーマーともなると、動体視力はその辺の武将を軽く越えてるし、ダメージ計算やら物理演算やらの計算だってコンピューター並みの速度でできる。コイントスの結果だって思うがままだ!」


 得意げな顔で語るリオナ。

 〝公平な調停役〟として、数々のゲームや戦いで使われるコイントスも、彼女の前ではその意義を失うらしい。


 彼女の言葉が真実か否か、ミラには判断がつかなかったが、彼女の様子を見る限りうそは言ってなさそうだ。

 だが、そうなると、どうやって彼女に勝てばよいのか、その方法が全くもって思いつかなかった。


「ど、どうしよう……そんな人に勝てるわけが……」


 少女の目が絶望に染まる。

 それでも、目の前の肉食獣が情けをかけることなどなく、


「そら、勝負を続けようぜ? わざわざこっちから手の内をさらしてやったんだから、余裕で勝てるだろ?」


「手の内がわかったところで、そんなのどうしようもないじゃんかぁ!」


「だ、大丈夫ですよ! いくらリオナさんだって、百パーセントの確率で当てられるわけではないはず……! 粘っていれば、いずれ必ずチャンスが……!」


 ミラの応援もむなしく、少女は次のターンで膝を突くこととなった。


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