第11話 気まずい映画鑑賞会
「──そうですか、はい。頑張ります。失礼します」
ゴールデンウィーク。
俺は出版社からの電話を受け、軽く打ち合わせをした。
内容は出版の予定日と、印税に関する説明、後は俺の趣味趣向に関する質問などの雑談である。
俺は自分の小説が、書籍化されるにあたって修正する必要があると言われたので、何とか食らいついていこうと誓った。
そのための原稿が送られてくるまでは、暫くの時間を要するので、それまでは更新を続けていて欲しいとの話だ。
書籍が出版されるまでは、読者に忘れられないようにという出版社の意図があるのだろうか。
もちろん忘れられるつもりはないが、いつまでも同じ作品を読み続けてくれるとは限らない。
日間ランキング一位になったとしても、数週間で三十位以上も順位を落としていくような世界。
それがカクヨムというWeb小説サイトなのだから。
「人の気持ちなんて一寸先は分からんよな」
人生初の出版社との打ち合わせを終えた俺は感慨深く独りごちた。
「何か難しそうな話してたね」
咲は俺の部屋でまったりしていた。俺の打ち合わせを興味深く聞いていたらしい。
俺は咲の唇を思わず見てしまったので、さっと目線をそらして、
「そんな難しい話はしてへんよ」
と言った。軽く一瞬とはいえ、俺は咲の唇に自分の唇を重ねた。
そのせいで【親戚モード】のセキュリティレベルが落ちているのを実感している。
もう一度、咲の唇を見る。
「咲姉様、お風呂どうぞ」
部屋のドアを開けて、美桜が顔を覗かせる。
「うん、今行くよ」
咲は部屋を出て、階段を降りていった。
もし今夜も彼女がうたた寝したら、唇を重ねてみようと思った。
◆◆◆
次の日、町に出た。
リョータに呼び出されたのだ。
俺は駅前で自分のスマホを弄っている。
「よっ」
リョータが、俺の肩を叩いた。
世間はGWに入っていたし、学生である俺達もその連休に心踊らせていた。
暫くすると二人の同級生がやって来た。
真由菜ともう一人のクラスメイトの裕子だ。
裕子は俺には全く興味を示さない。リョータとは良く会話をしているが、俺との会話は数える程度。
そのために、俺も彼女の事はいない女として扱うようになった。
真由菜とは久しぶりに顔を合わせた気がするが、彼女は目を合わせてもくれない。
俺は何故リョータがこんな席を用意したのか、その意図がさっぱり分からなかった。
それは、話題の長編アニメーション映画であった。
俺と真由菜の趣味に合わせたものであったが、リョータも裕子も満足したようであった。
俺達は映画を見終わった後、ファミレスでフリードリンクを注文して雑談をしていた。
とはいっても、俺は蚊帳の外。
向かいに座る女子は、お互いを見合わせて言葉を交わし、リョータの方だけを見て話したり。
俺の方には目もくれない。
俺は居たたまれない気持ちになった。
確かに映画を見ている時間は平気であった。何故なら、暗い空間で映画の世界に埋没していれば、いいのだから。
でも、ここは現実だ。真由菜は俺の顔を見る事はない。
「アニメーションの声を声優やなくて、俳優がするのってどう思う? 俺はやっぱり、声優にやって欲しい派なんやけど」
「……別にどーでもえーやん」
俺の意見は全てスルーされる。
「でも、真由菜も声優目指してるやん。仕事の席が無くなるやん」
「……だから、何なん?」
俺は泣きそうになってしまった。惨めさばかりがせり上がってきて、奥歯がガチリと鳴った。
それでも自尊心の強い俺は、微笑を作りつづけた。
一体俺が何をしたというのだろうか。目の前の女の子を好きになって、告白した事が罪だというなら、六法全書にでも書いていて欲しいものだ。
「ちょっとジュース取ってくるわ。裕子も来て」
「うん、分かった」
そう言って、リョータと裕子は立ち上がる。
「あ、待って、私も行く」
「まあ、えーから」
一緒に行こうとする真由菜を制止して、二人はドリンクバーに向かった。
俺と真由菜は席に取り残された。リョータは気を利かせたのだろう。
真由菜を盗み見る。彼女は頬杖をついて気だるそうに、グラスのストローを指先で弄っている。
俺は途方に暮れてしまった。何を話せば良いのか、分からなくなってしまった。
いや、そもそもこうなる前に、俺は真由菜とどんな風に会話をしていたのかすら思い出すのが困難になっていた。
もっと気さくに楽しく話せていたとは思うが、それは俺が一方的にそう思い込んでいただけで、彼女はそうでは無かったのではないか。
俺が告白した事で、彼女は本性をさらけ出しているのではないか。
目の前に座る真由菜は、とても可愛い。
その証拠に、回りに座っている男達は、真由菜をチラチラと見ている。
家族連れの父、カノジョと来ている男すらだ。
「ライトノベルでおすすめのヤツ、ある?」
「……知らへん」
「そうか……」
真由菜は俺を、一瞥した。それはクラスメイトに向ける視線というよりは、生ゴミでも見るようである
俺は真由菜に拒絶されているこの空間で、胸の内に鈍い痛みを感じた。
「あんたさぁ……何なん?」
「何が?」
「私、あんたの事はなんとも思ってないんよ。何かリョータも勘違いして、気を利かせてるし……ハッキリ言って迷惑やし」
「そうか……」
だったら何で来たんだと、俺は苛立たしく思った。それは簡単な話だ。リョータに会えるからであろう。
真由菜はおしゃれしてきている。耳にはイヤリングが揺れている。
薄く化粧もしていて、学園内の装いとは違いあか抜けていた。
「おまたせー、はいどうぞ」
「あ! ありがとう」
リョータが戻ってきた途端に、真由菜は表情がパッと明るくなる。
きっと俺が小学生なら泣き出していたに違いない。
だが、俺は顔では微笑をつづけている。それが片山ユウトというつまらない男の意地であった。
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