第9話 ファーストキス

「咲姉様、お風呂どうぞ」


「うん、今行くわ」


 美桜が俺の部屋に顔を出した。美桜はこの時だけ俺の部屋に顔を出す。

 咲は俺から離れて部屋を出ていく。

 食事も風呂もついでに取っていった方が経済的である。

 仲の良いご近所付き合いをしている。


 部屋は俺一人になった。

 この間に俺は小説の執筆を進める。

 一日千文字書くと決めているので、この間に書き進める。

 人がいると集中力が散漫になってあまり進まないが、俺は咲を邪魔とは思わない。

 人間の集中力なんて、そんなに持たないし、咲がいなくなった瞬間に集中して書くというのは、俺の一つのルーティンにもなっている。

 それにどんな状況でも自分の中に小説の事が頭の中にあって、アイデアを常に考えている自分がいる。

【カクヨム】のアプリを開かなければダメという事はなく、執筆はこういった隙間時間に書くようにしているのだ。


 暫く夢中になって書いていると、一千文字数を越える程度の執筆量をこなしていた。

 時計を見ると四十分程過ぎていた。咲はそろそろ上がってくるだろう。咲は長風呂で本来はもっと長く入っているが、この家にいる時は遠慮しているから、これくらいで上がってくる。


 ドアがガチャリと開いて、咲が風呂から上がってきた。

 湯上がりの咲は色っぽい。ほっと一息吐いて、

「ユウト、上がったよ」

 と一言。俺の中にだって性欲はある。俺が彼女に何かしたくなるときは、こんな時なのだが、それを理性で圧し殺している。

 俺と彼女はすれ違った。

 自分の部屋のドアを閉めると、風呂場へ向かった。


 ◆◆◆


 風呂から上がると彼女は俺のベッド上で、うたた寝をしていた。

 プロポーションは完璧な曲線を描いている。

 自分の彼女なら、毎晩抱いているかもしれない。

 この年齢の男女が一つの部屋にいたら、普通は心配される。

 だが、子供の頃から一緒にいる幼なじみというのは、親の目から見ると兄妹に写るらしい。

 俺は彼女の髪を撫でた。少し濡れていたので、湯冷めしてはいけないと思い、ブランケットをかけた。

 俺はまた、小説の続きを書き始める。

 ある程度まで書き進めると、夜も更けて来たので俺は、咲の肩を揺らした。


「うん……」


 色っぽい声を上げて少し目を空けるが、またブランケットに潜り込んでしまう。


「起きて、自分家じぶんちで寝ないと」


「………」


 だが俺の声を無視するように寝入っている。起きたくないのか。ここで眠りたいのか。

 中学生の時の彼女の事を考えれば、これはおかしな話である。

 小学生の時は同じベッドで寝ていたが、中学の頃は彼女は美桜の部屋に入り浸っていた。

 思春期特有のものなのか、俺から距離をとっていた様に思える。

 高校生になった当時もそんな感じであったが、ある時から俺の部屋に顔を出して、こうして俺のベッドに寝入っている。

 スタイルも良く、俺のベッドで寝そべる幼なじみの美少女は、手を出されても文句はいえない。

 だが、俺の中で作り出した【親戚モード】は強い強制力を持っている。

 要するにヘタレなのだ。


 それに俺は真由菜への思いがまだまだ残っている。

 これは比べるべくもないのだが、俺にとって真由菜は特別な存在になっていた。

 ライトノベルや、ゲームが好きで、美少女でちょっとエッチな感じのする彼女に俺は夢中になった。

 特に俺の好きなライトノベルの話ができる女子という点が最高である。

 一番楽しい時間を過ごせる同級生が彼女であったし、夢中になるのは必然的である。

 だが、そんな彼女も、リョータのイケメンっぷりにはメロメロなんだろう。

 俺は彼女にとってただの同級生だと、思わざるをえない結果になっている。

 いっその事、今目の前で眠るこの幼なじみに手を出してしまえば、全てを忘れられるのだろうか。

 自分の中で、【親戚モード】のセキュリティの強度が落ちていく。

 俺は手元のリモコンを使って部屋を暗くする。

 そっと彼女のブランケットを剥がしてみた。

 彼女はこちらに傾けて寝入っている。

 俺は彼女の顎を持ち上げ、少しずつ唇を近づけていく。

 自分でも異常な程に動悸が激しくなっていた。

 頭の中で警報が鳴り響くように、血液が自分の全身を脈打っていた。

 元よりキスなんてした事がないのだ。

 柔らかいものが唇に触れた。それは一瞬であるが、咲の体温を感じた。

 それと同時に、とてつもなく悪い事をしている気になってしまった。

 いや、実際には悪い事をしているのだ。

 これがライトノベルだと、妹の邪魔が入ったりして未遂に終わるのだが、そんな事はない。

 行くか戻るかは自分次第なのだ。

 魔が差したとしか言いようがないが、今なら何もなかったと、明日からただの幼なじみに戻れるはずだと自分に言い聞かせる。


 結局、俺は【親戚モード】を発令させる事にした。

 もう一枚のブランケットを押し入れから出して、床にくるまって眠りについた。


 ◆◆◆


 次の日の月曜日。

 朝起きると咲はいなくなっていた。いつの間にか帰ったらしい。

 俺は寝坊助ではない。となりの幼なじみが毎朝起こしに来てくれるような事はない。

 だが、毎朝準備して、俺は咲を迎えにいく。

 咲は美少女だから、痴漢にあったりするので一緒に登下校をしているのだ。

 こんな男でもいるといないのとでは、全く違う。

 まあ、昨日は俺が彼女に痴漢行為を働いてしまったのだが。

 バレたら彼女とは顔を合わせ辛くなってしまう。

 今後は気を付けねばならないだろう。


 インターホンを押して暫くすると、咲が玄関から出てきた。


「おはよー」


 俺が挨拶すると、咲は


「おはよ」


 と返したが、いつもの笑顔がないのが引っ掛かった。

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