第8話 おとなりさんの咲

 美桜とごちゃごちゃしたやり取りがあったが、俺は自分の部屋に戻るとスマホを取り出した。

 【カクヨム】のアプリをタップする。

 今日はまだ一文字も書いていないのだが、毎日1時間以上は作業する習慣になっていたので、【カクヨム】のアプリを開かないともやもやする。

 これは、自分の中に小説を書くことが習慣になっているという証拠なのだが、とはいえ俺は小説家でも何でもない只の絶賛失恋中の高校生男子。

 自分の処女作ということもあり、俺は最後まで書いてやろうと考えていた。


「ご飯よー!」


 暫く夢中になっていると、階下より母親から晩御飯の準備ができたと聞こえた。


 俺はラインで咲を呼び出した。咲は母親と二人暮らしである。彼女の母親は看護師をしており、今日は夜勤なのでそういう日は、ウチで晩御飯を食べさせている。


『飯できたぞ』


『うん。分かった』


 俺は部屋を出て一階へ降り庭に出た。

 この辺りは、土地が一段高くなっていて、咲の住む家とは確かに隣であるが、三メートルほどの高低差がある。

 あちらが高いので、俺は庭に置いてあるデッキを重ねて台にして咲の庭の方へセットする。

 咲が上から顔を覗かせたので、俺は台に乗った。

 咲は上から降りてくるので、俺が咲の体をを支えて降ろした。

 咲の細くて柔らかい腰を持つ。咲は俺の肩に両手を乗せてバランスをとり、俺たちは丁度向かい合わせになった。

 同級生達が泣いて羨ましがる状況ではあるが、俺は咲に【親戚モード】を発令しているので、よこしまな感情を持っていない。


「ありがと」


「別にえーよ 」


 咲の家とウチとは確かに隣だが、玄関から行き来するには、コの字に迂回して来なければならない。

 この辺りは暗いので、俺はこうして直接庭から行き来出来るように台を作った。

 それというのも、咲はこのとおり美少女なので、男性に付きまとわれる傾向にあり、ストーカーや痴漢の被害に会ったりするからだ。

 だから、近所とはいえ夜道を一人で歩かせるのは危険性が高い。

 簡単に行き来できるように、階段でも作れば良いのだろうが、防犯する上で庭先に階段や梯子があるのは不味いということで、台にした。

 しかも積み重ねて階段にするもので、本来は

 窓の下にデッキとしてカモフラージュしている。

 俺は再びデッキとして窓の下に台を置いた。


 咲は子供の頃から出入りしているので慣れている。

 さっさとそこからリビングに上がり込んだ。


「おじゃまします」


「どうぞ」


 既に、父のヒロノブと美桜はテーブルについている。

 俺と咲は隣に座って晩御飯を食べた。

 いつもの何気ない時間だ。


「咲姉様は、兄様が今日、合コンへ行った事はご存知ですか?」


 美桜の発言を受けて、俺はブーっと味噌汁を吐いた。


「え? イヤ。知らんけど……。ユウト、それホンマの話なん?」


 咲がジト目で俺を見てくるので、思わず視線を外した。


「まぁ……社会的な経験も含めての行動というか……」


「ほお。経験ねぇ。ユウト君。キミはそれでどんな経験を得たんだね? 先生に話してごらんなさい」


 咲が顎に手をやって、俺にぐいぐいと迫ってくる。言葉使いはふざけているが、目が笑っていない。

 俺は思わず、自分の父ヒロノブに目線を送ったが、目をそらされた。

 自分に火の粉が被らないようにという行動だろう。


「別に……自分がモテないと再認識しただけやし」


「ユウトってモテへんの?」


「兄様ってモテないの?」


 二人が俺にイヤな事を聞いてくる。


「そうや。モテへんよ……」


 ここは開き直るしかない。


「それって彼女欲しいってこと?」


「……ぐっ。まあ、そういうことやな」


「じゃあ、社会的な経験ってナンなん?」


「えーっと……」


 幼なじみの咲は意地の悪い目で俺にぐいぐいと迫る。


「咲姉様。それくらいにして下さい。兄様が困っていますわ」


「でもね、美桜ちゃん。私と美桜ちゃんみたいな女の子がおるのに、探しに行かなくても良くない?」


「……まあ、それは確かにそうですね」


 二人は俺をからかっているのだろう。確かに咲も美桜も美少女であるから、そういう対象になりえるなら、俺も合コンなんていかなくても良い。

 だが、美桜は妹であり、咲はおとなりさんである。

 

 どちらも恋人にするのは難がある。


 ◆◆◆


「ユウトの小説、けっこう読まれてるんやね」


「まあ、そうやな」


 夕食後、咲は俺の部屋でまったりとしている。

 ベッドの上に寝そべって携帯を弄っている。

 俺はベッドの横を背もたれに、ライトノベルを読んでいた。


「なに読んでるん?」


「ライトノベル」


 咲が俺の肩に顎を乗せて、手元の本を覗き込む。

 お互いの頬の間にわずかな隙間があったが、それが妙に熱くて、咲の体温を感じた。


 ふーん、と気のない返事をする咲である。大体、咲はアニメやライトノベルといったジャンルに全く興味を示さない。

 子供の頃は一緒にアニメを見たりしていたので、その頃の知識はあるが、女性というのは成長と共に、趣味趣向が変わる生き物らしい。

 俺が小説を書いているのを知っているが、読んだ事はない。

 俺はそのまま読み進める。咲は顎を乗せたまま俺の手元を見ている。


 俺が咲に手を出さないのは、もし咲が俺を異性として見ていなかった場合、すべての関係が崩れてしまうからだ。

 何よりおとなりさんであるから、俺達はよく顔を合わせる。

 今後の生活が気まずくなってしまうのは目に見えている。

 咲は確かに美人であるし、今後もますますその美しさに磨きがかかっていく事だろう。

 そんな咲に俺が惹かれないわけはない。

 だから、俺は自分の中で、咲にフィルターをかけた。

 それが【親戚モード】である。俺はいつからか彼女を親戚の咲という目で見るようになった。

 最初の頃はこの考えがなかなか持てなかったが、一生懸命にそう思い込もうとする内に自分の中で、咲が自分の親戚なんだと思えるようになった。

 きっと咲もそんな感じで俺を見ているのだろう。

 普段の学校ではクールな印象がある咲も、この家では柔和な笑顔を浮かべているのだから。

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