第7話 美桜の本心

 美桜はユウトの背中を見送った。彼が部屋に入るのを確認すると自分も部屋に戻る。

 美桜は自分の学習机の椅子に座ると、鍵のかかった引き出しに鍵を差し込んで開けた。

 そこには沢山の教科書や辞書が詰め込まれている。

 椅子から降りると、引き出しの中を全て取り出し、一度、引き出しの中を空にした。

 美桜は底板を取り外す。

 二重底になっており、そこには一冊のノートが入っていた。

 美桜はそれを手に取ると机に、再び座りノートを開く。

 そこにはびっしりと文字が書かれている。筆致はとても美しく書かれているが、内容は全てユウトとの思い出が綴られたものだ。

 ユウトと少し会話したことや、ちょっとしたスキンシップなどが、事細かに描写されている。

 美桜は、今日の日付を書くと、『兄様と間接キス』とタイトルをつけた。


「兄様……」


 頬を赤くしながら、先ほどの様子を事細かに書く。


 ◆◆◆


 ◯月●日 『兄様と間接キス』


 兄様と間接的ではあるが、男女の愛を確認するための接吻をした。私は恥ずかしくて仕方なかったのだが、兄様はどうしても私とそのような行為をしたいと気持ちが先走っていたに違いなく、兄様を愛する私としても、それに答えるのは当然の事のように思えた。私の口内に注がれたそれはいつもの牛乳とは違い、何か麻薬のような甘美な中毒性のあるものではなかろうか。

 白濁した液体と兄様の唾液のアンサンブルは、私の予想を上回るほどの出来映えであり、むしろこれが私にとって本来の牛乳なのではないだろうか。とすれば、今まで私が飲んでいた牛乳は一体何だったのだろう。

 私は立っている事が出来ずにソファーにうずくまる。そんな私を見ながら兄様は、私の唾液の含まれた牛乳を飲むので、私は思わず兄様にクッションを投げてしまった。恥ずかしさと嬉しさがない交ぜになった私の胸の鼓動は苦しく、思わず部屋に逃げてしまった。この胸の疼きはどうしようもない。

 もし直接的に兄様と接吻をしたら、私の心臓はもつのだろうか。


 ◆◆◆


 筆が止まらない美桜である。ユウトへの愛が暴走していた。

 ──とノートからハラリと一枚の写真が落ちた。

 美桜はそれを拾い上げる。それには母一枝と、赤子の美桜を腕に抱く一人の男性が写っている。

 容姿の整った男性であるが、美桜の父親ではない。美桜がこれを押し入れの奥の母のアルバムから見つけたのは小学校を卒業した春休みの事だ。

 自分をその手に抱く見知らぬ男性。およそ似てない兄妹であるユウトと美桜。

 これを初めて見た時に美桜の中で全てが繋がった。


 ──この写真の男性が私の本当の父親。つまり母様は後妻で、きっと私は連れ子に違いない。つまり私と兄様は赤の他人──


 この古い写真を初めて見つけた時、美桜は激しく動揺した。写真の男性をためつすがめつ良く観察する。どう見ても、自分に似ている。

 ユウトは童顔であるが、これは父親のヒロノブのDNAが色濃く出ている結果だ。

 美桜は、ユウトと血が繋がっていないという事にショックを受けた。

 しばらく塞ぎこんでいたが、ユウトが頭をポンポンと撫でてくれたり、何かと優しくしてくれるユウトに、美桜は依存していった。

 ──兄様とは血が繋がっていない──

 当時小学生六年生の美桜は、学校ではモテていたしサッカーの上手い同級生に密かに思いを寄せていた。

 小学校の卒業式の時に、そのサッカーの上手い同級生から告白を受けたが、時すでにおそし。

 美桜は兄様を深く愛していたので、断らざるをえなかった。

 ユウトが恋愛対象に入るとなると、美桜にとって一番はどうしてもユウトになってしまうのだ。

 別段、ユウトはサッカーが上手いわけでもない。イケメンでもない。だが、いつも側で優しく微笑んでくれる兄なのだから、美桜にとって特別な存在なのである。

 それが兄妹だから、通常の事だとは美桜は考えてはいない。

 後悔はあったが真の愛(?)に目覚めた美桜はもはや何も見えなていなかった。


 しかし、美桜から見るとユウトはかなり鈍感な男のように見えてしまう。

 いつまでも美桜を妹として扱う。それは当たり前の事なのだが、美桜にとってその事が歯がゆく感じられていた。

 異性として一切認識されない。

 美桜はこの写真の事を黙っていたので、なおさらである。

 この写真を白日の元にさらすと、いまある家族、全てが台無しになってしまう。そんな気がしたから美桜はそれはできなかった。

 でもユウトには、自分の事を異性として見てほしかった。

 そんな矛盾した気持ちを持ち続けていた美桜は、ある作戦を思い付いた。


 ──それがキャラ変である。


 今までは、関西弁で兄ちゃん兄ちゃんと、可愛らしくユウトにくっついていた美桜は、ユウトから距離をとった。

 正直、それは苦行であった。今までは、天真爛漫で甘えん坊な妹として簡単にユウトにベッタリできていたのに、迂闊に近づけなくなったのだ。

 言葉使いも母一枝の様にして、他人行儀にした。

 髪も伸ばしておしとやかに。

 こうして、という状況を作り出した。

 そして、いつの日か、『妹だと思っていたのに、異性として好きになってしまい、ついに手を出してしまった』みたいな事が起こりますようにと、美桜は神に祈っているのだ。

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