七夕の願い

うみのも くず

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七月七日。

人間界では「七夕」と呼ばれる行事で賑わう。ベガの織姫、アルタイルの彦星が一年に一度出会う日とも言われる。そして笹の葉に願いを書いた短冊を吊るすという催し物だ。

しかしここは魔界だ。そんな人間の行事とは全く関係のないはずなのだが…

一度何となく開催して以来、何故かすっかり浸透している。短冊に好き勝手書いたり、クリスマスと勘違いしている者が居たりして、個性豊かで悪魔らしい七夕だ。

魔界の夜空にも天の川が輝いている。流石は永遠に夜の世界というだけある。人間界よりもずっと綺麗だ。

巨大な笹を抱えながら眺める。


「凄い大きな笹だね…」


オレが持つ笹を見て、イキルが驚いた様子で見上げる。オレの高い身長をゆうに越している。人間界から飛び切りでかいヤツを調達してきた甲斐があった。

オレの周りには短冊や飾り付けを用意するいつもの連中がいた。悪魔が七夕の準備をする。こうしてみると滑稽な姿だ。イキルは可愛い声で七夕の歌を口ずさんでいる。どこか懐かしい響きだ。

連中が手伝ってくれたおかげで、ようやく立派な笹を立て終えた。穏やかな風が吹き、笹の葉がさらさらと揺れている。

次は飾り付けと短冊を書く作業か。


「なぁ…七夕って人間の催し物なんだよな。何でやるんだ?」

「さぁね…私もわざわざやる必要ないと思うけど…」


ハルツ達の話し声が聞こえる。

確かに七夕は所詮人間の真似事だ。ただ何となくでやってる部分もある。だが、オレには何か辞められない理由があった。それに悪魔にとっても七夕は重要なものだと感じている。


「魔王様は笹の葉が好きなんだろう」


ハルツが納得したように呟いた。

んなわけねぇだろ。オレはパンダか。

足元の箱からペンと短冊を出して周りに配る。すると顔も知らない奴や、悪魔の影までもざわざわと蠢き集まって来た。

本当に大きなイベントをしてるみたいだな。ただの七夕だが、悪魔には特別で異様な光景だろう。


「なんでもいいから短冊に書けよ…書けたら飾れ…」


オレが声を上げると、周りが一斉にわいわいざわめく。

何となく受けとる者、さっそく書き出す者、訳の分からない文を書く者、絵を描く者。

それぞれペンと短冊を片手に行動していく。

その表情は苦悩したり、真剣だったり、楽しんでいたり。


「願いなんてない」

「何書けばいいんだ…?」

「どうしようかなぁ…」


そんな様子をオレは興味深く眺めていた。


『七夕って魔界にもあるのね…意外だわ』


元々人間のアリスは、相変わらず無表情だが、嬉しそうな様子でペンを滑らせていた。多分、七夕する魔界とかオレのとこだけだと思うけどな。思わず苦笑する。

イキルはオレの傍でわくわくとして願い事を綴っている。何を書いているのか気になるが、見るわけにもいかない。

集中している隙に、静かにその場を離れる。

ざわめきから遠ざかり、誰もいない場所に向かって歩く。魔界の風と静けさが頬を撫でる。


「あれ…?鬼利さんは?」

「あれ?さっきそこにいたけど…」


暫く歩いて後ろを向くと、遠くの方にイキル達が見えた。オレが居なくなったことに気づいたのか周りを見渡している。なんだか少し申し訳なくなる。

足元に平たい岩を見つけて腰掛けた。空を見上げると眩しいくらいの星空が広がっていた。永遠に続く天の川を見ていると全てを忘れられる気がした。

オレには三つの願いがある。でももう二つは叶えてしまった。まさか叶うとは思わなかったけど。

手の中で握っていた短冊をそっと広げる。強く握り締めたからか、よれて皺が入っている。書き殴るように綴った文字が滲む。

これが最後の願い。そしてきっと、決して叶うことは無い願い。


「……馬鹿だな」


七夕が来る度に願いを胸に刻みつけてきた。この気持ちを忘れないように。そして想いが消えないように。短冊に書くことで自分自身を保っていた。

叶わなくたっていい。ただこれを叶えたいと思う気持ちが消えないのなら、それだけでまだ大丈夫だと思える。

悪魔は本来、願う事を知らない。願いすら持たない。自分を見失えば、オレもそうなるだろう。悪魔とは所詮、人間を食う為の生きた屍でしかないのだから。

でもオレは違う。抗い続けている。

空の輝きが胸の奥底を抉る。醜いはずの世界が綺麗に見える。


「何してるんだろ…俺…」


七夕は好きだ。

短冊に願いを書いている時は…

あいつらも俺と同じ顔になるから。


「烏滸がましい…」


こんなことをしても何も変わらない。

ただの自己満だ。いっそのこと、消してしまう方が楽だと思ってしまう。何もかも。

駄目だ。また悪い癖が出てる。折り畳んだ願いをポケットに突っ込んで、新しい短冊を取り出す。気を取り直してペンを持つ。

ちゃんと前向きなことを書こう。自分が自分である為に。

そして丁度書き終わった時、


「…鬼利さーん…!!」


遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。ペンと短冊を片手に重い腰を上げる。こっちに走ってくる小さな影が見えた。

自然と笑みが零れる。暗く沈んだ心も明るく照らされる。


「どうしたの…?何かあった…?」

「なんでもないよ」


戻ってみると、揺れる笹の葉に沢山の短冊が飾られていた。皆は飾り終わった様子で自由に過ごしている。

さっき書いた短冊を見つつ、ポケットの中からも徐に出す。


「…これも飾ろう」


綺麗な願いとしわくちゃの願い。

誰も見えないところに強く縛り付けた。

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