偽りの人
十重二十重
偽りの人
「よんじゅうはち……よんじゅうきゅ……ごじゅう!」
開戦を告げるように決然と言い放つと、フィーリアはその小さな手を目から離して振り返った。
周囲を見回し、人が隠れられそうな場所にあたりをつける。花壇の奥にあるくさむらがあやしい。少しだけ揺れたような気がする。
フィーリアはくさむらに近づくと、眉をよせながら観察を続けた。あたりはしんと静まり返り、聞こえてくるのは風でこすれる草の音のみ。名前のわからない草はフィーリアの目線よりも高く伸びていて、分け入るのがためらわれた。
あきらめて他の場所を探そうと踵を返したとき、微かな異音――金属がこすれるような音――に気がつく。虫や植物が発する音でないのは明らかだ。
くさむらの中に再び目を凝らすと、緑のすきまに白色がちらついた。
「見つけた!」
フィーリアは探し物の存在を確信して勝利を宣言する。意を決してくさむらへ踏み入ると白いシャツを着た女性――モニカ――を見つけると、再び勝利を宣言した。
「お母さん、見つけた!」
「あら、もう見つかっちゃった。フィーリアはかくれんぼが上手ね」
褒められて気をよくしたフィーリアが笑い声をあげる。彼女を出迎えようと、立ち上がりかけたモニカにの足から音がした。先程よりも大きく感じる。
はっとしたフィーリアがモニカの表情をうかがう。いつもの笑顔と比べて何か変だ。ぎこちない感じがする。
「お母さん、大丈夫?」
「大丈夫。なんでもないの。そんなに心配しないで」
※
窓から二人を見つめていたマーヴィンは深いため息をつく。胸中の疑念を吐き出すように、主治 医に問いかけた。
「先生、本当にこんなやり方で上手くいくのでしょうか? ロボットに死者の真似事をさせるなんて。私には子供だましにしか思えません」
「おっしゃりたいことはわかります。それでも、現状ではこれが最善なのですよ」
マーヴィンの問いに、主治医が答えた。
「愛する人を失うことほど、人の心を傷つける事態はないでしょう。あるがままの現実を突きつけることは、弱った心には負担が大き過ぎるのです」
マーヴィンの反応を注意深く観察しながら、主治医は言葉をつなげる。ある意味では彼も患者なのだ。
「もちろん、耐えられる人はいます。あなたがそうであるように。しかし、耐えられなければ本当に心が壊れてしまうのです。時間をかけてください」
「それは問題の先送りに過ぎないのではありませんか? 無事だったと信じた相手がまがいものだと知ったら、さらに深く傷つくことになるのでは」
「先送りすることが目的なのです。……彼女の傷は深いものでした。生きる意思を手放しかねないほどに。事実と向き合うまでに、もう少し回復の時間を与える必要があります」
主治医の説明にマーヴィンは顔をしかめた。専門家の意見を感情だけで退けるほど、彼は傲慢ではない。ただ、納得することができずにいる。
「……少し、様子を見てきます」
「ああ、それではフィーリアをここへ呼んでもらえますか。状態を確認しておきたいので」
了承すると、マーヴィンは部屋を出た。
※
「お父さん!」
二人に近づいてくるマーヴィンに気づき、フィーリアが声をあげた。
「フィーリア、先生がお呼びだよ。行っておいで」
マーヴィンはそれに笑顔で応える。自然に笑えているだろうか。不安を覚えながら演技を続ける。不信感を与えてはいけない。
フィーリアは少しぐずったが、モニカが促すと素直に従う。後にはマーヴィンとモニカが残った。
「私も診ていただいたほうが良いかしら。義足の調子が良くないの。つぎめあたりの痛みが酷くて。あの子に心配させてしまったわ」
「ああ、そうだね。まずフィーリアの様子を診たいそうだから、少し待ってから行こうか」
マーヴィンは演技を続ける。事故が起きて以来、家族だけの時間はほとんどなかった。今この時間を長引かせたかった。
真実を伝えてしまいたい、という衝動はグッとこらえる。彼女がそれを知れば、死を選ぶ可能性さえあるのだ。
もう一人を失うことは、きっと自分にも耐えられはしないから。
偽りの人 十重二十重 @toehatae1020
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます