第5話 寝ても覚めても忘れぬ君を、焦がれ死なぬは異なものぢや
翌日、お市の方救出作戦へ出ることになった。
盾をもって自分たちを上も横も囲み、7人で亀のように歩く。つまり、同時に動かなければ、飛んでくる弓矢や突かれる槍の防御ができない。
これが難しい。
だから、唄のリズムに合わせることにした。
戦国時代の流行歌に『隆達節』というのがあり、その一首を7人が一緒に歌い足並みを揃えることにしたんだ。
というわけでだ。
生きるか死ぬかの激しい戦闘のなか、呑気な恋の唄を歌って前進するアホなグループが出現したってわけ。
翌日、織田軍は小谷城の黒金門を破った。戦闘は居城である本丸までの道筋に代わり、その道中は弓矢や銃弾が飛び交っていた。
「では行くぞ」
九兵衛が行った。
「ああ」
「おっし、みな、盾を持て! 進むぞ」
6枚の盾を7人で持ち、矢などを防御しながら進む、名付けて、
『北欧ヴァイキング鉄壁の防御から学んだ
なにも言うでない、皆の衆!
戦闘のなか、私たちは歌で拍子を取りながら進んだ。
これがもう、気の抜ける唄でさ。
「寝ても覚めても忘れぬ君を、焦がれ死なぬは異なものぢや」という戯れ唄さ。
まあ、ともかく心を合わせて我らは一歩一歩進んでいた。
「寝ても、覚めて……、うっうぉ!」
弓矢が当たり、ドンと盾が揺れた瞬間、おもわず声が漏れた。
槍が当たったときには体がもってかれ、転びそうなところを誰かの手に支えられた。
振り返るとヨシだった。
「礼はいらない」
「あ、ありがと」
「あんたが転んだら、九兵衛さまが危ない」
イヤミな言い方なんだ、これが。
「大丈夫か、いくぞ」と、九兵衛。
私は、恐怖に引きつった顔で「オババ!」と叫んだ。
オババは裏側におり、間に九兵衛と弥助がいる。
「大丈夫か、アメ!」
また、九兵衛が叫んだ。
「
私たちは、歌の呼吸に合わせ、本丸側の空堀を避けながら石垣を右に見て歩き、そして、曲がり角まで来た。
織田軍は火矢を放ち、空堀からハシゴをかけて本丸へと登ろうとしている。
敵も必死だ。矢を雨のように頭上から放つ、その流れ矢が私たちの防御の盾に飛んでくる。
ドン! ドン!
頭に被せている、盾に矢がまた当たった。
「アメ、ここはどうするんだ」
「右に曲がる。そこに、城からの落ち延びてくる秘密の通路があるはずだ」
「そうか、行くぞ!」
「寝ても・覚めても・忘れぬ君を・焦がれ・死なぬは・異なものぢや」
私たちは大声で歌った。
本丸の裏側にある通路に向かうと、そこには織田軍はいなかった。
もし、浅井の兵が逃げるならば、好都合な抜け道。それは戦略的にわざと作ってあるんだ。
これ、あくまでも、故意。
織田信長の、というか、戦国時代のどの武将でも、この時代に同じことをした。
『
完全な負け戦でも、逃げ場がなければ死に物狂いで戦いに挑んでくる。それが人としての
だから、当時の戦いでは、必ず1箇所は逃げ場を残した。
西欧と違い日本は敵を全滅させるという戦い方をしない。
これは気質の違いなのだろうか? あるいは、化けて出るといった迷信的な気持ちからなのだろうか。
多くの人は、占いや陰陽師的なことを信じ、迷信深かったことも関係しているのかもしれないが。それ以上に下級兵は人材でもあり、敵が滅べば、必然的に下級兵は自分たちの兵となった。
ともかく、敗残兵が破れかぶれにならないよう作った逃げ道に、私たちは何とか到達できたようだ。
そして、間違いなく、ここにお市の方は落ちのびてくる。
(つづく)
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