第4話 北欧ヴァイキング方式の守備


 西暦800年頃、北欧に住むヴァイキングは最強だった。英国を襲い、時にフランスまで遠征、ヨーロッパを席巻した。その強さの鍵は鉄壁の防御ぼうぎょで、いま、私たちに最も必要なものだ。どう弓矢や投石の雨を防ぐかの鍵がこれだった。


 弥助とトミが織田軍の陣から取ってきた盾で自分たちの周囲を完璧に守り、そして、激戦地を通り抜ける。

 小谷城のやぐらから射ってくる弓や石や銃弾を防ぐにはこれしかない。

 言うのは簡単だが、これ、仲間7人の息がピッタリ合わなければならない。


「こんな風に、盾として並び、歩いていく」


 私は枝を拾って、盾の使い方を地面に絵で書いた。


「わかったかい? みんな、心を合わせて歩く。この息があってないとだめなんだ」

「なるほど」

「九兵衛と弥助は頭を防ぐための盾を1枚づつ持って。そう、全員の頭が隠れるように。それから他は横を防御する」

「私はどこがいい」と、体の大きなトミが聞いた。

「トミさんは弥助さんの横がいいだろう」と、オババが答えた。

「ふん、大きいのと小さいのの組み合わせか」

「そういうことになろう」


 でさ、練習したのさ。


 小谷城の戦闘からはずれた場所、盾で上下四方を囲んだ7人が心を合わせた!

 近くでは戦闘が続き、門を破るための織田軍決死隊も頑張っている、そんな横でお花畑の練習が始まったんだ。


 横の盾で弓や槍を防ごうとすれば、全員が中腰で歩かなきゃならない。これが結構つらい。

 でも問題はそこじゃなかった。


 まあ、なんと息が合わないというか、みな、バラバラというか、北欧ヴァイキングとは筋肉バカの集まりって思っていたが、そうでもなかった。

 奴らは戦闘集団として優秀だったようだ。

 一糸乱れず盾を並べ、そして、前進していく。これができたってことは、恐ろしく統率された軍隊だったんだ。だからこそ強かった。


 私たちといえば、先に飛び出す『頭』の盾とか、『右側』で独り相撲する盾とか、もうね、てんでバラバラ。リズムが全く合ってない。


「ダメダメダメ! もう一回」

「またか」

「いくよ!」


 ダメだ。

 皆のリズムが合わない。


「わかった。みんな、盾をやめよう」

「巫女よ、あきらめが早いな」

「いや、諦めた訳じゃない。まず、リズムから」

「りずむって?」

「ええい、なんも言うな。この言葉を同じ速さで繰り返してほしい」

「このまま、立ったままか」

「そう、立ったまま。拍手して、リズム……、えっと、ともかく息を合わせるから」

「いくよ。ズンズンチャッチャッ」


 リズムを取りながら私は大きく拍手して手本を見せた。


「ズオウン? ズズン、チャッオチャッ」

「違う。ズンズンチャッチャッ」

「???」


 ついにヨシが足を踏みならした。


「バカバカしい、九兵衛殿。こんな遊びに付き合ってられません」


 九兵衛に恋するヨシは私を恋敵だと思っている。いろいろ面倒な女なんだ。だから、ヨシではなく彼を見た。


「九兵衛」

「ヨシ」と、九兵衛が笑顔を作った。

「これまで、巫女殿の奇跡は何度も見てきた。たとえ、バカバカしくても、やってくれるな」


 ヨシは唇をすぼめた。身体をくねくねさせながら、うなずいた。


「いい子だ。じゃ、やるぞ。なんだ、その、ズッとか」


 ズンズンチャッチャッは、そうか、戦国時代の人間にとって、全く聞きなれないリズムと言葉なんだ。

 例えば、私たちが英語のLとRの発音が聞き取れないと同じように、彼らにとって未知の音だ。では、どんな歌がわかりやすい。


「皆が歌える歌はないか?」と、私は汗を拭いた。

「寝ても覚めても忘れぬ君を、焦がれ死なぬは異なものぢや」と、トミが歌った。


 トミが歌ったのは戦国時代の流行歌『隆達節』のひとつ。

 恋の歌だけど、ま、そこは目をつぶって。


「うん、それでいこう」

「どうした急にれ唄か」という九兵衛を無視して、私は歌った。

「いいから、寝てもで“右足”を一歩前に、覚めてもで“左足”、忘れぬ“右足”、君をで“左足”。焦がれで“右足”。死なぬはで“左足”、異なものぢや”右足”を出して進む。やってみよう」

「こうか?」と、九兵衛が歌に合わせて左、右と足を出した。「寝ても 覚めても 忘れぬ 君を 焦がれ 死なぬは 異なものぢや」

「そうそう、九兵衛、そうだ。やってみよう」


 数回、立って繰り返すと皆のリズムが合った。私たちは歌いながら、次は盾を持って進む練習をして、日が陰るころには全員の息があってきた。


「で、巫女殿、どうする」

「明日だ。今日は戦いも終わった。明日、行こう」

「夜のうちなら、闇に紛れるが?」


 それは時間的に早すぎる。お市の方が落ち延びるのはもっと後で、だから浅井兵がまだ守る場所で待つことができない。


「いいか、九兵衛。お市の方は逃げたくないんだ。だから、長政が説得して逃すには、最終的にもうダメだというところまで織田側が追い詰めなければならない。だから、明日がいい」

「そうか、明日には追い詰めるというのか」

「そうだ」

「わかった」


 九兵衛はそう言うと、小谷城と織田の陣を眺め、それから、「明日か」と呟いた。


(つづく)

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