第3話 This is a pen 救出作戦


「行くぞ!」


 九兵衛の号令に、私は「待て」と止めた。頭のなかで必死に小谷城の復元図を思い出そうとした。人間、切羽詰せっぱつまるとなんとかなるもので、ぼんやりと、復元図が思い浮かんだ。


「アメ」と、オババが笑った。

「オババ」

「不安なのか」

「い、いえ」

「考えてることが、すぐ顔に出る」

「バレてる?」

「私くらい長いつきあいじゃないとわからんわ。それで、どうする」

「九兵衛」と、私は声をかけた。

「どうした、巫女どの」


 私は黙った。オババの言う通り不安だったのだ。私の言葉に仲間の命がかかっている。と、オババが背中を軽くパンと叩いた。


 織田信長の軍勢は30,000。小谷城に立てこもる5,000の兵を攻めるには充分な兵力ではあるが、敵は石畳の上にたつやぐらから弓や銃で狙い撃ちしてくる。


 いま、まさに、その攻防のさなか。本丸にはいる黒金門を破ろうと織田側は苦心していた。

 破城槌はじょうついを抱え門に体当たりしていく足軽たち。そこへ弓や石が雨のようにふってくる。

 彼らを守るものは陣笠と簡易的な鎧しかない。


「えいや!」


 大きな掛け声とともに破城槌はじょうついを持ってぶつかる、敵に撃たれ倒れたものがいると、次の命知らずが穴を埋めるために飛び込んで行く。


 ドンドンド〜〜ン


 九兵衛は、その中を走って通用門まで行こうとしていた。


「ほんとに、まあ」と、私は言ってみた。

「ここの人たちは命が惜しくないのか」

「命?」


 弥助がクッと笑った。


「アメ殿のいた未来はわかりませんが、命は聖天のためのものであります。そのために惜しむものではありません」


 あっ、あかん!

 弥助は戦国時代の人々よりさらに命が軽い。


「いや、弥助、あんたに聞いた私が悪かったけど。でもね、自分の命を簡単に捨ててはいけない」

「アメ殿」

「どんなときも生き延びることを考える、わかった?」


 少し逡巡してから彼はうなずいた。


「よし!」


 早口で話していると、九兵衛が割り込んだ。


「何も考えがなければ、行くぞ。気合いで走れば、矢などあたらん! 仮に当たったとしても怪我くらいだ。わしは何度も矢傷を負ったが生き延びてきた」


 おっと、こっちはまた、戦国時代の単細胞的なオプティミスト。前向きすぎる。

 私は必死に記憶を探った。


「わかった!」と、思わず声にした。

「御宣託か」

「そう、宣託よ。いいか、聞け、九兵衛」


 と、オババに肘でつつかれた。


「ここは、一度唸って、宣託らしくしとけ」


 オババは小声で言うなり、うなずいている。

 ちっ、しかたない。

 私は目を閉じた。そして、両手を合わせ、映画で見た『陰陽師』の野村萬斎氏の振り付けを真似てみた。


「うおっっっっっっぉおお!!」


 大声で叫んで、それから、左手を上にあげ、右手の人差し指と中指をゆっくりと唇の元へ移動する。それから「は!」っと気合いを入れて、天と地を指差した。


 いや、我ながら、けっこうサマになってると思う。陰陽師の半分くらいは神がかっている。いや、そうなるようにと祈った。ま、祈るとこ、そこじゃないけど。


「見えます!」

「なにが見えた!」


 薄目をあけて、仲間を見ると、驚いたような顔をしている。しかし、ひとり、オババだけは……、クソッ、オババ、肩を震わせてる。


「別の道がある」

「別の道?」

「心して聞け! うおお!」


 てか、自分、しっかりと、あの見取り図を思い出せ、小谷城址跡の看板があったじゃないか。


「道は別にある」

「その話はわかった、だから」

「道は別で……」

「別で?」

「別の道は、左」

「左?」

「左じゃ、見えました。道が見えました」


 と、ここで、一応、倒れてみた。どうにも、道の説明が難しかったからだ。

 だって、方向音痴だから、道の説明なんて、あっち、こっちとしか説明できないから。


 で、巫女があっち、こっちと言ったら、さすがの陰陽師もバカに見える。もうすでに、バカに見えていたとしても。


 私は起き上がった。

 その時、さらにいいアイディアが浮かんだ。

 そうだ、無敵の北欧ヴァイキングだ。


「道はわかった、ヴァイキング方式があった」

「……?」


 九兵衛は不思議そうな顔をしている。


「火縄銃や弓を防ぐ方法がわかったんだ。盾を6枚、用意して欲しい」

「盾か」

「そう、地に立てかけて矢などを防ぐ大きいものだ」

「わかり申した。私が調達してまいります。トミ殿、手伝っていただけるか」

「おう」


 弥助は言うが早いか、トミとともに織田軍の陣地に向かって駆け出した。


「ところで、九兵衛。お市さま救出には日は悪い。戦いは明日もつづく」

「誠か」

「間違いない。今日のうちに準備をして、明日に行こう」

「それがいいのか」

「九兵衛、私には見えた。今日では……、えっと、え〜〜、ディ、ディ、This is a pen」

「はあ?」

「呪文じゃ、今日は悪いんだ」


 九兵衛はしばらく覗き込むように私たちを見ていた。それから、自らを納得させるように大きくうなずくと、いつもの陽気な彼に戻った。


「じゃあ、今日も野宿だな」

「ああ、そして、訓練だ」

「訓練?」

「そう、訓練する」


(つづく)

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