第17話 オババ、馬で駆ける


 パカラン、パカラン、パカラン!

 軽快とはいえないけど、オババの馬が坂を登っていく。

 弥助がそれを引いて走る。


「信長の兵が攻めてくる! 浅井の兵よ、我ら、助っ人申す!!」


 オババは馬上で叫んだ。


「走れ!」


 ほら、また、大声でみなを叱咤した。

 影武者の秀吉だって唖然としてる。

 私は馬上に向かって言った。


「オババ! そんなに注目をあびたら、まずいよ」

「アメ、後のことは後まわしだ。先に行って、道を示せ!」


 後は後って、先に示せって、走ってるから。

 わらじの間に泥や石が入っても我慢してるから。


 私は砦の道を駆け上がっていた。手に持つ松明から火の粉が降りかかり、隣を走る九兵衛の顔を赤く染めている。


 皆、疑問も持たずに流れにのって走っている。こういうの同調圧力って言えばいいの? そう言い訳してもいいレベル?


 戦国時代の足軽って軍の詳細な作戦など知らないのが普通。

 自分たちの上役、足軽組頭からの伝達で動くだけなんだ。そして、足軽組頭でも詳細な情報を知らないことが多い。


 この9年後に起きる「本能寺の変」でも同じだったんだ。


 明智軍の下っ端兵は言われるままに付き従っただけで、変後でも、まだ自分たちが織田側だと思う者が多数いたという。


 江戸時代に書かれた『本城惣右衛門覚書』という記録がある。本城惣右衛門は明智光秀にしたがって本能寺の変に向かった、まさに当事者なのだが。彼は徳川家康を討つと思っていたと書き残している。相手が信長などと考えてもいなかったようだ。


 ネットもない、テレビや新聞などもないから、庶民や足軽レベルでは噂や嘘が横行する。


 そして、現場ではまた、オババが馬上から叱咤した。


「行っけ〜〜〜! 突撃だぁ!!」


 え? オババ、い、今、突撃って言ったよね。聞き間違いじゃないよね。

 オババ、頬が紅潮して絶好調!

 で、その横を駆ける私、絶不調!


「走れ! 行け!」

「オババ! 喉をやられるから!」

「アメ、なんか気持ちいいぞ!」


 おいおいおい。

 松明たいまつの灯りで揺れるオババの顔、紅潮して一心に前を向いている。前だけを見ている。


 だけど本格的な戦闘を知らない。事実は悲惨だからね。私は刀根坂の戦いから吐きそうになって逃げたんだから。


 歴史上では秀吉はこの京極砦を落とすことで、浅井父子の退路を断つんだ。

 京極丸は、その意味で非常に重要な砦であった。


 だから、私は駆けた。

 200名の仲間とともに、駆けるしかなくて。

 命令系統をめちゃくちゃにしているオババの行動がどうなるんだって、頭の片隅でおびえ、なんとか目立ちすぎるオババを止めたかった。


「オババ! オババ!」

「巫女よ、アメ!」と、背後から声がした。


 真横に来た九兵衛が私に叫んだ。


「九兵衛、まずいよ。オババの行動はまずいよ……。ハアハア」


 坂を駆け上りながら叫ぶと息が切れる。


「心配するな。俺がついてる」

「だって、ハアハア、九兵衛がついてたって、まずいでしょ」

「大丈夫だ。上のものと話した。これでいいと」


 替え玉がいいと言ったのか。しかし、それでも不安は消えない。そのいいの意味が見えなかった。


「オババのこと知らないでしょ」

「はは、元気な親だとはわかる」


 元気だけならいいけど、それじゃあすまないのがオババという姑なんだ。

 昔、じゃない、未来でも随分と無理させられたから……、遊園地で苦手なジェットコースターに乗って、そう思った瞬間、涙が出そうになった。


 ジェットコースター!

 遊園地!

 なんて華やかなイルミネーションの輝く世界だったろう。

 この埃にまみれた、灰色の世界とは違った。

 同じ走るにしても、あっちはジェットコースター目指して、こっちはリアル戦闘をめざして。

 ……帰りたい。

 心から思った。帰りたいと。


 しばらくして、石段の上に木造りの塀が見えてきた。

 あれが京極丸だろうか。

 そう、あれだ、京極丸が見えたんだ。


 しかし、そこはひっそりとしていた。秀吉軍が迫る気配がない。


「おっし!」


 馬上でオババが叫んだ。


「ここだ!」


 それから私を見て目で聞いてきた。

 ここだよねって。

 オババの馬を引く弥助の顔も松明に輝いている。

 私はうなずいた。


「皆の者! 信長が攻めてくるぞ!」


 あ、アホ!

 オババ!

 ちょっと待て!

 謀略だから、自分の軍を本気で敵に回してどうする!


「京極砦のもの! 門を開けよ!」


 あちゃ〜。


(つづく)

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