第16話 浅井長政の最後の頼みの綱、秀吉の裏切り


 浅井長政はワラにもすがる気持ちで秀吉の裏切りを信じたかったのかもしれない。と、考えたとき、頭をガンと殴られたように悟った!


「ああ、もう、ぜったいそうだ」

「どうした、アメ」

「オババ、この兵、きっと山の下から登って京極丸を攻める予定の……」

「の?」

「秀吉軍本隊の目くらましだから、きっと」

「どういう意味だ」

「早く逃げるべきだったんだよ。私たち、特攻隊のなかにいる。だから、足軽のなかでも屈強な200人が選ばれているんだ」


 小声で話しながら、背筋が凍ってきた。


「生きて戻れないかも……」


 どこから流れてくるヨモギの匂いが強くなっている。これは合図に違いない。私たちが行動を起こすべく、秀吉軍からの合図がきている。


「巫女よ」と、九兵衛が近寄ってきて耳元で囁いた。

「どうした、九兵衛」

「はじまる」

「え?」

「京極丸への攻撃がはじまる前に、ここから向こう側へ行かねばならない」

「京極丸へ」

「そうだ」


 しかし、それは難しいだろう。どんな口実でここから向かう。


「京極丸の砦、守りは薄いらしい」と、九兵衛が言った。

「たしか600人」と、私は史実を思い出した。

「その数字は確かなのか?」

「間違いないと思う」

「では、我らの3倍か……。それは困ったな。せいぜい多くて500と間者は言っていたようだが」


 残っている資料が正しければだが、浅井側は600人の兵で京極砦を守っているはず。それは秀吉が記録に残したものだが、信憑性はというと疑問だ。敵を大きく見せ、攻め滅ぼした自分を偉いと思わせるなら、あるいは、間者の言うように京極丸の守備兵はもっと少数だったかもしれない。


 史実では秀吉は手勢の3000人の兵だけで京極丸を落とした。しかし、山の上にある砦を襲うとしたら、兵の大きな損失は免れない。なぜって、上から弓矢や銃で撃たれたら、攻撃側に守る術などないからだ。にもかかわらず、それほど兵を失っていない。


「この200人でどうするのだ」

「もうすぐ、伝令がくる。それと同時に攻撃だ」

「伝令?」

「ああ、合図のヨモギが焚かれた、もうすぐだ」

「むちゃだよ、それ。この城は5000人の兵が守っている。今、囲んでいる兵でさえ、ここにいる味方の倍はいるんだから」

「ああ、そうだ」


 と、その時、オババが言った。


「弥助! 馬を貸せ!」


 オババ、いったい、いったい……、

 なにをするつもり!


「九兵衛、私に合わせろ!」


 オババ!

 なにをするつもりだ。

 と、馬にまたがったオババが腹の底から叫んだ!

 叫びおった!!!


「秀吉殿! 信長の兵が攻めてくるぞ!」


 周囲の浅井の兵にも秀吉決死隊にも動揺が走った。


「浅井の兵よ、我ら、助っ人申す!!」

「オババ、なにを叫んでる!」


 という私を九兵衛が押さえた。


「いや、これでいい。行くぞ、アメ」

「エイエイオー!」


 九兵衛がオババに合わせて勝どきをあげると、秀吉軍もそれに合わせた。


「エイエイオー! エイエイオー!」


 勝どきの声が周囲から聞こえる。


「行くぞ、皆の者!」


 オババ、行くってどこに。


「弥助、行け!」

「は!」


 は! じゃないから。

 オババ、どこへ行くんだって。


「それで、どこに行きますか?」と、弥助がこっそりと聞いた。

「それは、アメが知っておろう」


 へ?

 知らんわ、もう。ほんと昔からリーダーになって仕切るの好きなんだから。ほら、秀吉の影武者がこっち見てるから、騎馬兵だって見てるから。

 みんな、見てるじゃない!


 大声が正義って。

 どうすんのよ。


「アメ殿」と、弥助が言った。

「弥助、こっちだ」


 私は不承不承に京極丸の方角を示した。それは簡単だった。現在いる小谷城を抜けて、山の上に向かえば、自然に到達できる。


 九兵衛が面白そうに唇を曲げオババを見ている。


 もう知らないから。

 それはともかく、オババは馬に乗っちまった!


(つづく)

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