第15話 小谷城で逃げ遅れた私たち


「止まれ!」

 再び、前方から声がした。

 まただ。


 松明行列の向こう、先頭で何かが起きている。

 緊張で手に汗があふれ、同時に顔の汗は引いた。


 この当時、敵をはばむ狭い出入り口を虎口こぐちと言った。大手門を抜けたのち、こうした門を何度かくぐってきた。もし、力攻めでここまで来ようとすれば、狭い入り口から攻めねばならず兵力はかなり削がれただろう。だからこそ難攻不落の城と言われる山城なのだ。


 私たちをふくめた200人の兵は無傷で小谷城に向かっていた。

 秀吉の軍師である竹中半兵衛。あの美しく冷たく、そして、冷酷に地下牢に私たちを入れてゲジゲジと同居させた、あの男の顔を思い浮かべた。


 あいつの策か……。


 それにしても羽柴秀吉の謀反って安易な策。これにすがりつく気持ちが浅井長政を破滅させることになろうとは。

 ほんと、人って自分の信じたいことを信じるんだね。


「オババ」

「ああ」

「逃げるなら今かも。どっちに行く」

「止まれ!」


 再び「止まれ!」の声、3度目だった。

 山道を歩いて3度目の誰何すいかを経て、到着したそこに広い空間が現れていた。頭上を見上げると城が見える。あれが浅井長政がいる本丸なのだろうか。


 広場には篝火かがりびがたかれ、200人が入っても問題のない広さがあった。というか、結構、余裕があってスカスカ。

 例えば、学校の広い校庭で全校生徒が集まっても、まだ余裕があるかんじ、で、なにが嫌いって、私たちの周囲に浅井側の兵がいるってことだ。


「オババ」

「どうした」

「どうも、逃げ遅れたかと」

「アメ殿」と、弥助が言った。「私が日本帝国陸軍に所属しておりましたおりは」


 弥助も未来から来ているが、元は昭和初期の軍人だ。


「それ、聞いた。逃げないほうが安全だっていうのでしょ」

「いえ、この結果を見ますと。敵は前方、後方、左右と全てに囲んでおります」


 弥助、そんな難しいこと言わなくても、ぐるっと囲まれるって、見りゃ、すぐわかるから。


「で、この結果、まさか、先に逃げときゃよかったという結論はないよね」

「帝国陸軍たるもの、逃げるという選択肢はありませんでした!」

「つまり、逃げたほうがよかったと」

「そうも言えます!」


 弥助、背筋伸ばして宣言してる場合じゃないから。

 やはり、ここは手遅れになる前に逃げとくべきだったんだ。


 浅井長政の住む小谷城の真下の広場に、私たち200名の兵士が集まり。その周囲を浅井の兵が取り囲んでいるんだ。


 篝火も焚かれ暑いんだけど、私は緊張が増して体内をアドレナリンが駆けまくり、暑さを感じなくなっていた。


「オババ」

「ああ」

「どうする?」

「そうだな。一つ、あれかな。ラップでもするか」


 一つ、あれ?

 そ、それは一番、アカン奴だ!


「オババ、あれはだめだ。ラップって、ここでヨオヨオって、まさかのラッパーになるって? オババぁ、ラグビーのハカダンスしたいんですか」

「おや、わかったか」

「アカン! オババ、ぜったい、それ違う! ここで、200人の味方とその倍の敵の前やったら」

「やったら?」

「敵は3倍になる」

「なぜですか?」

「味方も殺しにくる!」


 オババがハカダンスすれば、条件反射で私もやっちまう。

 そのあとの恥ずかしさっていったら、たぶん、戦国時代で生きてけない。ていうか、現代でも生きてけないんだけど。


 私たちの前方では秀吉の影武者が乗馬したまま、浅井の家臣と話している。


 と、その時。

 なにか、ヨモギを炊くような匂いが漂って来た。


 左に目を向けると、うっすらと煙が見える。

 夜に狼煙をあげても、煙は見えない。しかし、匂いは漂ってくる。


 しばらくして、前方、山の頂上から炎が見えた。

 この夜、秀吉が落とす予定の京極砦の方角のさらに先の山頂上、信長が陥落した大嶽砦からに思えた。


 小谷城は広大な山を削り棚のように城や砦が築かれている。

 本丸、その先を登ると京極砦、さらにその先に小丸があり、長政の父がいた。その先、炎が見える砦は山の頂上に位置している。

 まさか攻撃が始まったのか。


「オババ」

「ああ、アメ」

「絶体絶命です」

「今こそ、ラップのときだ」


 いや、そこだけは完璧に違う!


(つづく)

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