第14話 浅井長政の死まで、あと数日
小谷城の麓から
それぞれ松明を持っていたので、清水谷からは夜空に明るく輝く行列が見えたであろう。
秀吉がいる本隊は、この行列がどこに到達したら一斉攻撃を仕掛けるのだろうか。
浅井長政の小谷城と父の城の中間にある京極砦を落として両者を分断する。現代に伝えられる、小谷城の戦いはここからはじまった。
ということは、私たちが今歩いている本道は浅井長政の小谷城に向かう道であり、ここから攻めるはずがない。
京極丸を
晩夏、夜とはいえ、まだ蒸し暑い。
弥助が持つ松明の熱が伝わり、汗が噴き出す。
弥助は馬を引いて私の後ろを歩いていた。
「アメ殿、いざとなれば、私がお守り申す」
「弥助」
「はい」
「まず自分を守れ。私は無理をしない」
弥助はふっと暖かい笑顔を見せた。
「あなたは優しいな」
「私がか? オババ、聞こえたか? 私は優しいって」
「ああ、聞こえた。弥助とやら、アメはな、この時代では小柄のかわいい若い女の子だが、実際はあれだぞ。大女でお前様より一回り以上も年上だ。女は魔物だ」
いや、そこ違うから、女は魔物かもしれないけど、オババ。使いかた間違ってるから。
「は、勉強になります!」
弥助! 勉強すな!
「止まれ!」
前方から野太い声が聞こえてきた。
野太い声が聴こえりゃ、大抵、いいことないからね。どんなドラマだって野太い大きい声を善人は出さないから。それ、ドラマや映画のお約束。だから、私、怖くなった。
よいか、戦国時代の野蛮人ども。
21世紀の清潔世界からきた文明人は、こういう野蛮な声だされると、思いっきり怯えるからね。そこ、忖度するところだから。
右側は山を下る崖で左側は山肌。砦までの山道は2人で並んで歩くのがやっとという狭い坂道なんだ。
山城は敵の隠れる場所をなくすため樹木は切られハゲ山になっている。
昼間なら周囲の景色が見えただろうけど、
夜で、星明かりと
そこへ、「止まれ」という声が響いてきたんだ。
そんなの嬉しいはずないじゃん。嬉しいどころか、辛いやん。もっと言えば怖いじゃない。
いつ秀吉の裏切りの嘘がバレるのかと思うと。
緊張で手のひらに汗がジワっとあふれ同時に顔の汗が引いていく。
「オババ」
「ああ」
「逃げるなら今かも。どっちに行く」
「逃げる?」
「弥助!」
「アメ殿、ここは冷静に」と、弥助が低い声で加わった。「私は日本帝国陸軍に所属しておりましたおり、こうした場面によく出くわしました」
私は全く出くわしたくないから。そんな経験も持ちたくないから。
若い頃は何事も経験って、そんな年齢はとっくに過ぎてるから。
こんな夜道で、明らかに捨て駒の軍で、会ったこともない浅井長政の軍に殺されるなんて、そんな運命、ぜったい金輪際、受け入れるつもりないから。
「私が思うに、まだ、逃げるところではないかと。逆に逃げれば危ないのであります」
「そ、そうなのか?」
「アメ、ここは戦闘専門家である軍人の意見を聞くほうがいい」
いやいやいや……。
この人たち、興奮で顔が紅潮している。なんのかんのと言って、危険が好きな人たちだ。
で、私、なにしたかって?
もう時空の神に祈るしかなかった。
今だよって。
未来に戻すなら、この瞬間だって。目を閉じて、そう祈った。
ぎゅっと閉じれば、もしかして……。
「アメ、何をしている」
「ここは、どこ」って祈りを込めて聞いて見た。
「戦国時代だ」
「オババ、泣きそうです。現代に戻れません」
「一人で勝手に戻る気だったか。まったく、ここで意識の交換があったら、カネとマチは死ぬぞ」
「ま、そうですが、意識が変わらなくても死にそうな気がします。控えめに考えても、痛い思いをしそうです」
「アメ、こんな面白いときに、何をアホなことを!」
だよね、オババは楽しんでる。
それに、未来ではもう十分生きた。孫もいるおばあちゃんが、若返って大冒険って、そりゃ楽しかろう。
でも、私はまだまだ現役で、現世に未練いっぱいだから。
「止まれ」という声から数分、再び行軍が動き始めた。
長かったか短かったか、ともかく私は必死で祈っていたから、時間がわからない。
そして、エンドレスに思える行軍がはじまった。
一つの門を超え、かなり山を登ったと思う。
羽柴秀吉の影武者が従えた200人ほどの兵は、あきらかに
この囮兵、たった200人で小谷城に陣取る5000人の兵を相手にするつもりか? その200人のうちの一人、私は戦闘向きじゃないから。
(つづく)
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