第7話 男尊女卑の時代から来た男って面倒



 ところで、竹中半兵衛、実は明智光秀と同じで、現在に伝わる姿は後世に作られた偶像。実際のところ、よくわかっていない人物なんだ。秀吉の家臣ともはっきりと言えない、信長の与力ではあったんだ。


 けど、なんだね。

 こう後代にはいい感じに伝えられているって、ある意味、半兵衛、得してる。

 だって、秀吉なんて、あれだよ。猿だから。


 さて、なんとしても半兵衛に会うことにした。


 あの、歴女の好奇心といった下心はないから。ほんと、会わなきゃいけないんだから。白皙はくせきの貴公子とか、そんな男だから秀吉より会いたいなんて、


 思ってる! キッパリと潔く書いとく!

 そこは猿よりイケメン重視!


 で、竹中半兵衛がいる横山城近くで馬を降りた。


「アメ! 行くぞ」と、オババが気合いを入れた。

「行きますか!」

「ああ」

「で、作戦は」

「へ?」と言うしか、私、できないから。

「作戦だ。半兵衛に会って、なんと言う」


 私はオババの顔を見て微笑んだ。できるだけ優しく微笑んだつもりだ。

 オババ、口元が左に上がり、目が細くなっている。


「作戦は」

「えっと、あの、ま、作戦って、いつもの」

「いつものやつか」

「まあ、いつもので」

「アメ殿、いつものやつとは」と、弥助が息を切らしながら聞いてきた。


 弥助、私の馬を引いて8キロを走ってきたのだ。息も切れるだろう。てか、すごい体力だって思う。


「弥助よ」と、オババ言った。

「いつものやつとは、その場で行こうってやつだ」

「つまり、作戦などないと」

「ま、そうとも言う。この娘はな、20歳くらいにしか見えんが、実際は中年の人妻だ。私の嫁だ」

「へぇ、私の嫁って? オババ殿は未来では男でしたか」

「ちがう、ちがう、息子の嫁だ」

「ほう、では、アメ殿の姑殿、それはアメ殿、大事にお仕えなさらねば」


 うわ〜、出たぁ! 戦前の嫁教育。弥助、実は未来人で大正生まれだから。


「弥助とやら、気が合いそうだ」と、オババがニヤッとした。

「へぇ」

「この嫁は時に姑とも思わぬ悪さをしでかす」

「それはいけませんな。女たるもの、姑の三歩後ろを」


 いや、弥助、たとえ戦前だって、三歩後ろは男だろ。

 今、それ修正してる場合じゃないから。

 戦前の日本、戦国時代より男尊女卑だけど、今、そこも関係ないから。


「弥助!」

「なんでござろう」

「私が来た時代は、あなたより、少なくとも85年はあとだ」


 大正から昭和、結構、年数にすると近いって気づいた。

 たった85年なんだ。226事件から100年も過ぎてない。

 けど、2020年の常識と戦前、これはもう全くといっていいほど常識が違う。1万年ほど違うってくらい正反対なんだ。


「なんと、そんな未来から」

「そう、すごく未来だから。弥助の時代とは違うんだ。姑と嫁は、そんな関係じゃないからね」

「そんな関係じゃないと」

「私の世界では、男より女が強い!」


 おおっと言い切ってやった。どうせ知らないし。


「なぜ、そんなヒドい世界に。この時代のオナゴも強いが。全くヤマトナデシコという言葉はどうされた、本当に、ひどいものだ」

「いや、ひどくないから」


 弥助はしばらく考えていた。


「で、では、我らは……、陸軍歩兵中尉、丹生誠忠殿はいかがなされた」と、上官の名前を直立して聞いた。


 その未来、弥助にとって非常にむごい。知らないほうがいい事実ってあると思う。


「そ、それは、あとで。ほら、門番がこっち見てる」


 この日は旧暦の8月26日、ということは私たちの時代なら9月で残暑が厳しい時期なんだ。琵琶湖近くで湿気も多いし。

 エアコンないし、なんなら氷水さえない。

 強い日差しのなか、風が舞い、黄土色の土埃の向こうで、門番たちもこちらを伺っている。


 弥助はスタスタとその埃のなかを歩いていき、堂々とした声音で伝えた。


「織田信長殿の配下、弥助と申す」

「何用か」

「竹中半兵衛殿にお伝えしたき儀がござる」

「半兵衛?」と、門番が眉をひそめ首を傾げた。


 私は弥助に竹中半兵衛という通称を教えてしまった。


 まずい、私たちのような下賤げせんの身分のものが、通称を使うなど、ニックネームで呼ぶようなものだ。今の時代なら、内閣官房長官にむかって、初対面で、カンちゃんとか呼ぶようなもんだ。門番、きっと、イラってしてる。


「竹中重治殿です」


 後ろから、できるだけ威厳を持って叫んだ。

 弥助がこっちを見て、チって顔してる。私はその顔に向かって首をふった。


「そう、その竹中シゲハル殿じゃ」

「待たれよ」


 門番の一人が中へ消えた。


(つづく)

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