第8話 美しい男


 まあ、結果として、私たちは信長からの使いと言って半兵衛と会えたんだ。いきさつは面倒だから省いとく。たいして面白い話でもないし。


 でね、問題はこっちよ、オババの方。

 この時代のカネの身体を持つ40代の、実際は76歳のオババが乙女になっちまったんだ。


 竹中半兵衛、お顔が本当に美しい!

 女装したら、さぞかしって、その手の美しさ、BL向きかも。


 で、オババ、いや、人ってわからないものだね。目がね、いっちゃってる。


 竹中半兵衛は雰囲気も声もいいイケメン。現代なら眼鏡が似合いそうな細面のインテリタイプで、ぜったいドSだよ。ちょっとハスキーがかった低音で言葉数も少ないから。もし、こんな男がデレたら、うわぁ〜!


 だから、オババ、ぼうってしてる。密談どころじゃなくなってる。タイプ的にどハマりなようです。


 暑い日だから、障子は開けたままで、薄暗い室内では静かな何も言えない時間が過ぎてくけど、たぶん沈黙の時間、10秒もなかったけど、それでも緊張して、すごく長く感じた。


「あの」と、同時に私とオババが声をかけ、それからオババがこっちを見て先にどうぞって目配せした。


 オ、オ、オババが、

 譲ったぁ〜。

 そっちが怖すぎで言葉を失ったぁ〜。

 

 半兵衛、何も答えない。ただ、黙っている。汗もかいてない。ひとりエアコンのきいた部屋にいる顔してる。そして、人差し指で頬を叩くと、低い声で言った。


「何んだね」

「秀吉様はなぜ謀反を」

「羽柴様は刀根坂の戦いで信長公のご不興を買ったのだ」

「まさか、その、織田様が怒ったとき、意見なされたとか」


 私は突っ込んだ。自分の存在自体が危ういかもしれないんだ。未来の家族は絶対に守るって思い出した。だから勢いがついた。


 半兵衛は何も言わない。

 ただ、静かに佇んでいる。

 セミの声が一段と高く聞こえ、暑い日なのに寒く感じた。


 一拍おいて、半兵衛の顔がわずかに下を向く。つまり、肯定したのだ。


 なぜ? 意見したのは退きの佐久間とよばれる佐久間信盛のはず。叱責されたメンバーは古参の重鎮ばかり、このなかでは秀吉が最も身分的には低く新参者だ。その彼が先に言うなんて、それこそありえない事態だ。


 なぜ、彼が。

 私はとっさに言ってしまった。


「そんなバカな。口答えしたのは佐久間さんのはず」


 半兵衛の顔にあるかないかの動揺があらわれた。彼は目をあげると私を静かに観察した。


「佐久間さん……、その物言いはどういうことだ」

「も、物言いって、佐久間さんは佐久間さんで」

「アメどの」と、弥助が汗をかいている。「もっと丁寧語で、ここは、は通じない」

「あ、いえ、あの、佐久間のあとに殿は小さく言ってて。さんは、聞き間違い、きっと、その佐久間殿が、あの、もしかして、殿、聞こえなかった?」

「そなた達を捕らえることもできるがな」


 鏡はないけど、その時、私、自分の表情が見える気がした。

 きっと、大口を開けて、あわわって顔してる。間違いなくしてる。

 だって、半兵衛の逸話を思い出したんだ。彼はプライドが高い。昔、いじめられた相手を、きっちりと殺した前歴がある。イケメン顔だけど、実際はそういう怖い男なんだ。


「申し訳ございません、竹中殿。この者は巫女です。時に目に見えないものが見えるオナゴでございます。お館様はそれに興を覚え、わたくしめを仕えさせました」


 弥助、ナイスフォロー!

 半兵衛、ただ口を軽く曲げた。


「竹中さま」


 私は必死に訴えた。


「ことは急を要するんです。このままでは、織田さん、じゃない織田様包囲網が再び息をふきかえします。その時は、もう後がないと」

「ほうい……もう?」

「あっと、えっと、その、織田様をですね。こう、なんていうか、浅井と幕府と、毛利とか、そのほか、武田とかが、周りを囲んで、くるっと、まるっと」

「ほう」

「だから、浅井を兵糧攻めしている時間はないと言いたいのです」


 このイケメン、まったく動揺しないし、顔色を変えない。

 ほら、オババ、そこで顔ばかり見てないで、なんとかしてよ!

 てか、全く役立たずになってる。その時、半兵衛、どっかで見た顔だって思ったんだ。

 まだ、若いけど。

 1573年の竹中半兵衛は29歳の若さなんだ。この6年後、夭折するけど。天才軍師は、まだ若造で、この顔は……。


「あ!」


 思わず声を出して、私は顔をしかめた。


「どうした」

「いえ、あの、こっちの話で」


 半兵衛、オババの妹の夫である叔父の若いころに似ている。

 そうだ、うちの叔父さん。相当のイケメンでオババの幼馴染で、おそらく、愛し合っていた過去がある。

 オババ、若き日の恋をいま思い出したか。というか、女ってどうして、こう同じ系統の顔に恋する。


 私はオババを突いた。


「恐れるな、この娘の言っていることは真実だ」と、やっとオババが声を発した。

「恐れてなどおらん。そなたたちは一体、何を根拠にそう申す」

「それは……」


 半兵衛という男は理詰めで考える根っからの理系タイプだ。

 どうしようか。


 もう仕方ない、当たって砕けろだ。


「竹中様、山本山城主である阿閉貞征あつじさだゆきの凋略は終わりましたか?」

「ほう? なぜ、それを存じておる」と、彼は全く動じない。

「私は特殊な巫女であります」

「そういう類は信じぬがな」

「では、未来を見るものと」

「未来?」

「そうです。明日を見ることができるのです」


 ふいに、半兵衛は吹き出した。笑うと若さが見えた。


「真面目に言っているのか」

「真面目です。世の中には不思議があるのです。例えば、阿閉の攻略を知っているような」

「そなたは間者か」

「いえ、では、竹中様」と言って、彼の若い時の逸話を考えた。


 彼に何があった? そうそう、少し思い出した。


「あなた様が初陣で大将となったのは、長良川での戦いのとき。お父上が不在だったからです。籠城を成功させたのは、まだ10代でした」

「ほお」


 この時代は新聞やテレビ、ましてネットなどない。個人の戦功など噂程度で、よほど近しいものしか知らないはず、それを詳細に伝えれば、きっと。

 しかし、現在に伝わる史実が正しいとも限らない。半兵衛は謎が多いのも事実だった。いったいどこまで話したらいい。


「主君である斎藤龍興は女に溺れるうつけで、あなた様はイライラなさった。織田殿に仕える理由はそこからです。そして、信長殿は浅井に仕えていたあなた様の人脈が必要でした」

「では、明日を見るものよ、聞こう。あの城にはお市の方さまがいらっしゃる。むやみに攻めることはできぬ」

「大丈夫です。必ず、お市の方様は助かります」

「そなた名前は」

「アメ」

「アメよ、もし、お市の方になにかあり申したら、そなたの命ぐらいでは償えぬ」


 こっちだって必死なんだ。未来の家族の生存は正しい歴史にかかっている。それが変わるなんて、それこそ、ありえんから。

 お市の方、それ以上に、その三人娘が生き延びなければ、未来は全く別物になってしまう。それこそ、天皇家まで変わってしまう。


 その瞬間、オババが凄んだ。


「やれるもんなら、やってみよ!」


 オババ〜。

 やっと正気にもどったか。

 いや、逆に狂ったのか?


(つづく)

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