第5話 昭和初期から来た男
ちょ、ちょっと待ったぁー!
秀吉が謀反おこしたって。かってに歴史変えちゃってる。そんな権利ないって。もうタメ口で文句言わせてもらう。
そこへもって、未来人がもう一人、戦国時代に来てる。
それも昭和初期、226事件の前日から意識が飛んできたって。
小谷城を攻め落とすはずの羽柴秀吉が謀反の罪で
アカン、興奮しすぎて、何言ってんのか訳わからん。
とりあえず、ちょっと、息つく!
はい、みなさんも大きく息を吸って、腹から息をだして呼吸して。
ハッハッハア〜。
で、歴史が変わったのか。
未来の人間がこの時代に来て、たぶん、本来の歴史にないことした。だから、不確定要素が加わったんじゃないかって。
で、弥助が、弥助が……。
「歩兵第1連隊附上等兵、山野弥助であります」
ピッと背筋を伸ばした。
ないないないない!
困るから、それでなくても戦国時代に、こんな昭和初期の男が現れるって、もうパニック。あわあわしながら、私、オババと顔を見合わせた。
それで、「ちょっと待ったぁ!」と叫んだ。
「ちょちょちょ、ちょっと待った、タイム! ちょっと、タイム!」
「タイム? それはなんだ」と、弥助が厳かに告げた。
「落ち着け、アメ。いいか、ここは落ちつくんだ」
「オババだって、さっきから槍持って、スクワットしてるんですけど」
オババ、なぜか槍を鉄棒のように持って、その場でずっと腰を上げ下げしていた。
「いや、これは、鍛錬だ」
「ここで鍛錬している意味がわからない」って、お約束のツッコミは入れた。
「ふん!」って、オババ、スクワットをやめた。
やっぱり無意識だったんだ。
「お前たちは」
弥助が低い声で言った。
「どこから来た」
「どこからって、と、東京であります!」
状況に身を委ねることナンバー1の私、思わず口調が陸軍兵士Aになった。
「そうか、では、陸軍の」
いやいや、陸軍って言われても答えようがないから。21世紀は自衛隊だから。
てか、今はそんなことを正している場合じゃない。
「待て!」と、私より状況判断の早いオババが気を取り直した。
「弥助とやら、どこからと聞くのは質問が間違っている、いつと聞け」
「いつ」
「2020年」
「それはどこの年号だ」
「……いえ、年号じゃなくて」
そうか、昭和11年は西暦が一般的じゃないんだ。だけど、令和なんて知らないだろうし。
「オババ、今はそこじゃなくて。秀吉が大事だから」
残暑に外で長く話しているのは辛い。湿気も多いし、太陽はカンカンだしって、いまさらながら汗を拭いて思った。
「秀吉は謀反の疑いがあるそうだが、弥助」
弥助と、私はあえて下人扱いした。
「まずいんだ。秀吉を明日の夜までにここに連れてこなくては」
「無理ですな」と、彼はあっさりと断定した。「ここから、馬で走っても追いつけんよ」
「でも、このままじゃあ、信長は天下を取れなくなる」
弥助は疑わしそうな目つきをしている。
「そうなのか」
弥助の声に焦りが幾分にじんだ。私とオババはブンブンと首をふってうなづいた。
「うん、無理だ。私は歴史に詳しい。知ってるでしょ。今の信長は天下取りの綱渡り最中だから。ちょっとしたことで転げ落ちる。浅井戦が長引けば、武田も毛利もそれから足利将軍も息を吹きかえす」
「それは困ります」
「だから、なんとかせねば」
「なんとかするとは」
「明日の夜、小谷城を秀吉が攻略しなきゃいけないんだ」
弥助は目を閉じ頭を掻いた。それから、困ったように首を振った。
「どう考えても。秀吉をここへ戻すのは難しい」
「では、秀吉なしで、かの軍を動かすのは」と、オババが言った。
またあ〜。
オババ、それは無理だって。
で、私の気づかぬところで、オババは決意していた。
いやもうね、姑の決意って、困ったもんだから。
嫁の立場で納得できるものってないから。ことごとく反対意見になるのが正当な嫁と姑の関係。
だから、私は反対である。
断固、反対したい。
なにがなんでも反対する!
お婆さんの知恵袋的なことならオババはできる。
それは言える。
たとえ嫁でも、そこんとこは認めておく。
でもね、戦国時代に特攻していくなんて、そりゃ、ありえんから。
ぜったい実年齢76歳オババの手に余るって、体だけは若く戦国時代の女に乗り移っているけど、結局のところ、シニアだから。
でね、言ったよ、私。
「無理!」って。「秀吉を取り戻そう」
「それこそ、不可能だろう、な、弥助」と、オババ。
過去に飛んできた元青年軍人の弥助に二人が詰め寄った。
「無理であります」
弥助も弥助で、すっかり昭和初期の軍人言葉で対応してきた。
そんな、バカな会話が何度も何度も繰り返された。
いい加減、会話に疲れたところで、オババが聞いた。
「で、秀吉の配下はどこにいる」
いや、それは最初にもどって、違うから。
その時、私は、ふいっと妙案が浮かんだんだ。
そうか、竹中半兵衛だ。この時代には彼がいる。
稀代の軍師、秀吉の参謀にして、この時期は横山城で浅井の家臣団を調略していたはず。
彼はどうなったんだろう……。
「オババ、竹中半兵衛だ。彼なら、私たちの話を聞くかもしれない。弥助、半兵衛はどこにいる」
「竹中半兵衛? 誰だ、それは?」
ええい、軍人、使えねぇ。
昭和11年の軍人、真正面からの真っ向勝負ならいいが、こういう時にはからきし使えない。
未来から来てるのに、何も知らないのか。1年もいて竹中半兵衛と会ってないのか。信長が惚れた軍師なんだよ。
私のイメージじゃあ、身体は弱いが、めっちゃ頭の切れる男のはずだ。
現代なら、きっと東大首席だから、たぶん……。東大首席と竹中、どっちを過大評価してるか、ま、いまいち、わからない例だけど。
(つづく)
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