第4話 お前、いったい何者だ No.2
謎の人物に向かって使う「お前、いったい何者なんだ」。
もうあまりにも使い古されたフレーズでカビが生えそうなんだけど。
最近では本来の使いかたをしないらしい。明らかに何者だってわかっているバレバレの人物に使って笑う。
それが、最新の流れで、「いったい何者なんだ」ツッコミの定型文らしい。
よくあるお約束としては、読んでる方が、あいつだって明らかにわかっている状況でも、登場人物、この場合、私とオババには、全くわかってない状況。
そんな間抜けさをかもしだすのが、「一体何者なんだ」シチュエーション。
で、まずいんであります。
最新の流れからすると、私は間違った使い方をしてしまった。
謎の人物に向かって、うっかりと、
「お前、一体何者なんだ」と、書いてしまった。
それも、あきらかに読んでる人が知らない謎の人物に向かって言ったのだ。
絶対に何者なんて、想像もつかないはず。
その相手、ちょっと説明が長くなるけど……。
《天正元年(1573年)夏に小谷城攻めをする予定の羽柴秀吉が、なぜか信長に謀反を起こした罪で明智光秀の城へとらわれて、歴史が変わったのは、未来から意識だけが飛んできた私たちのせいだとオババと私が慌てたとき、信長の下人である弥助を思い出して、それで、彼の元に行ったら、ウンタラナンタラかんたら〜》の「一体何者なんだ」だったんだ。
長い説明だけど、誰一人、よそへ置いておかんという今の決意の表れであります。
そして、登場人物も読者も気づかない、ぐるっと一周回っての最新パターン、いや、むしろ本来の使い方、「一体何者なんだ」。
で、ほんと弥助って何者なのか。
オババの問いに、弥助、フンっと鼻で笑った。
「弥助とやら」と、オババが言った。
「あんたが何者かは、さておいて。まずいことになってる」
いや、そこは、さておくな、一番知りたいから。
「なにがだね」
心なしか、弥助は身長が伸びたような気がする。そうか、猫背をやめて直立したんだ。
ヒゲが多く、汚れた顔。どっかの原人のような弥助。
ピッと姿勢を正すと、北京原人がホモ・サピエンスになったような雰囲気で、私は一歩だけ後退した。
その私の腕をがっちりつかむと、オババは前線に押し出した。
「ほれ!」
なにが、ほれよ。
「ほれ!」
オババ、いつだって肝心なところで私に回してくれるから。姑としての権利、そんなとこにないから。
「弥助。秀吉が捕まったと知っているか」
「知っている」
「それは、まずいんだ」
直立の姿勢のまま、弥助が首を傾けた。
「なにがまずいんだね」
言葉使いが違っている。
「歴史が変わる」
「そうなのか」
「そう言っても、不思議に思わないのか、弥助」
弥助は再び小馬鹿にしたように鼻でフンと笑った。
「それほど、私は歴史に詳しくはない。ただ、使命は知っている」
「使命?」
「信長殿と間近に接し、彼こそが聖上陛下とともに日本のこれからを背負っていく人物だということだ」
「聖上……」と、オババが言った。
「聖上ってなに?」と私が聞いた。
「アメ、これは、こやつは、もしかして」
「もしかして?」
「未来人か」
今、そこ?
「弥助、一体何者だ」
「お主らは、誰だ」って、弥助が質問に質問を返した。
「普通の主婦だ」と、オババ。
「未来から来たのか」と、弥助。
「へっ?」って、間抜けは声を出してる私を尻目に、オババ、冷静です。悔しいけど、こういうとこは勝てない。
「ある日、目覚めたら、この世界の人間の姿になっていて、この時代にいた。あなたは」
「同じだ」
「ここへ来てどのくらい経つ」
「ひと冬を越した」
ひと冬。ということは、1年もいるってこと。
私は目を閉じた。
いつまで、ここにいなきゃいけない。そして、いつまでスィーツを食べられない。この時期なら、そろそろ秋のモンブランケーキが店頭に出る頃で、思わずよだれがでて来た。
「私はカネという女の体にいるが、実際は76歳になる」
「そうか……、私は」
そう言うと、弥助、いきなり私たちに背を向け、京都方面に向かい直立不動の姿勢で最敬礼した!
「歩兵第1連隊附上等兵、山野弥助であります」
うわ〜〜。
また、変なのが飛んできた。
「ほ、歩兵第1連隊? 何年の」
「昭和11年。忘れもしない雪の日。気づいたら、ここにいた」
「しょ、昭和11年。それって、2月」
「そうだ」
「何日」
「25日」
「あなたの小隊は」
「陸軍歩兵中尉、丹生誠忠殿の下であります」
や、やっぱり。
昭和11年2月25日といえば、歴史的事件226事件の前日だ。
そして、丹生誠忠殿の部下となれば、こやつはそのクーデター軍の一人だ。
それでなくてもややこしいのに、なんでここに226事件の思想を持った男がいるんだ。
これ、大丈夫なの?
まずいじゃない。ねえ、むっちゃ、困るんじゃない?
(つづく)
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