第3話 お前、いったい何者なんだ!
夏、昼下がり。
謀反で羽柴秀吉が捕まった。それって、歴史が変わったてこと?
この状況にオババと意見が一致した。
嫁と姑だから、意見が一致って普通はないから。
そんな常識をくつがえすような事態、昔からありえんことで、まして、常識外のオババと、普通の一般主婦である、ほんと普通な私が一致ですと?
ない!
「よし!」と、オババはニヤリとした。
片方の頬をあげた得意の笑顔だ。この笑顔、悔しいけど現代人のオババの顔にはとても似合う。しかし、庶民カネのお人好しな顔に、これほど似合わない表情もないんだ。
最高に人の良さそうな、ひらぺったい顔族カネだと、逆に底意地が悪く見えてしまって。
なんちゅうの、井戸端会議で、そこにいない人の悪口言ってる人相の悪いおばさん顔ってかんじ。
しかし、今、そこ、ツッコミ入れてる場合じゃない!
私たちは弥助を探した。
「弥助は、役にたつのか」
「すごい男だと思う。奴隷の身分で売られて信長に買われたらしいけど、いろいろ世話になったの」
刀根坂の戦いの悲惨さに神経が参った私。弥助に頼んで戦闘から離れ、途中で逃げ出した。誰もが恐れる織田信長に私を連れてこいと言われ、それを無視できるって、下人なのに、もう最強じゃない?
彼と信長の間には主従を超えた信頼関係でもあるのだろうか。
身体つきは貧弱だけど、賢く、すばしこいし、目端がきく。
落ちぶれた野盗に襲われたときも、気づいたら二人の野党は、あっという間に倒されていた。
『どうやった』と、その時、弥助に聞いた。
『人にはツボがある。そこを突くと、一撃で倒せる』
『そんなツボを誰に習ったの』
『オヤジ様からだ』
人体のツボを熟知する父親。農民の出ではないだろう。しかし、弥助は奴隷として売られた男だ。彼には謎があるにちがいないって思った。だから聞いた。
『そのオヤジ殿は?』って。
弥助は口元をゆがめた。それから肩をすくめると『死んだよ』と、軽く言った。
なんの感情もない声で言い切った。感情、なさすぎて逆に怖かった。
この時代の人間は多かれ少なかれ身内を失うことが常態だ。そういうことなんだと、この時は深く考えなかった。
オババと共に厩に行くと、飼い葉桶に水を満たしている弥助がいた。
「おーーい」と呼ぶと、彼は顔をあげ、それから軽く頭を下げた。
「あれが弥助か」
「そう、あの男」
「貧相に見えるが、目つきがするどい。なあ、アメ」
オババが肩をたたいた。
「え?」
「弥助に会う前に話をすり合わせたほうが良いな」
珍しくオババ、慎重だ。
「先ほど、とんでもないことをすると言ったな」
「はい、言いました」
「そのとんでもないこととは、まさか、明智光秀の監督下にある秀吉救出か」
「おお、さすが、オババ様。同じ考えです」
「アホ!」
「へ?」
「アホ!」
「あの、もしかして、2回も続けてアホと言われた」
「言った」
「なして」
「なしてもなにも、秀吉救出など無理じゃろうが」
そんな。明日の夜、秀吉は小谷城を攻めなければならない。だから……、
「あのな、アメ。私たちのために、はいそうですかと秀吉を解放するか」
「いや、あの、小谷城を攻めてもらわにゃ、歴史が」
オババが呆れたように首をふった。
「明智光秀に頼むのか。ま、うまく話が通って、われらの身分にもかかわらず、光秀が会ってくれたとしよう。それで、歴史がって言うのか」
うっく、考えてなかった。
「信長は恐れられているのだろう」と、オババが続けた。
「そりゃもう」
「じゃあ、信長の指示なら解放は無理じゃろう、わかるか」
噛んで含めるように言われた。
「そこをなんとか」
「無理じゃ」
頭ごなしに言われるとムッとする。とくに姑と嫁という関係は感情の上にトゲが上乗せになるから。
「じゃあ、オババさまの考えは」
「まずは情報だ。その上で動くしかない。ことによっては、ここにいる秀吉軍を動かす」
ま、まさか。
オババ、自分で軍を率いるつもりか?
チッ、チッ、チッ!
私が明智の城から秀吉を取り戻すより、さらに難易度が高い。
いったい何を考えてる。
私は噛んで含めるように話した。
「武将でもなんでもない私たちで、どうして軍が動きますか」
「やってみなけりゃ、わからん」
私たちは睨みあって、それから、同時に目をそらした。
視界のはじに、弥助が向かってくるのが見えた。
「アメ様、どうなされた」
「弥助。あのな」と、「お主が弥助か」と、
オババが私の言葉の上にかぶせた。
そうそう、姑という人種は絶対に自分の主張を嫁に譲らない。
人種には、黄色人種、白人、黒人、赤色人種、褐色人種に加えて姑という人種が絶対に存在する。この中でも最強に厄介なのが姑人種なんだ。
いったん決めたら全く頑固だ。戦国女性カネの人の良さそうな顔していたって、オババはオババだ。
「へぇ、弥助で」
「聞きたいことがある」
「なんでございましょう」
「秀吉の兵はどうした」
「羽柴様の兵でしょうか」
「そうだ」
「へぇ、それは、ワシに聞かれても」
「では、そのワシに聞きたいのだが。織田様の命で娘を助けてくれたと言うたな」
「へぇ」
「かってにこちらの砦に娘を連れ戻っても、織田殿は怒らない。やつは瞬間沸騰器と聞いたぞ」
瞬間沸騰器なんて言葉、弥助に言っても、と、思った瞬間、弥助が吹き出した。
「あんたたちは、まあ」と、彼は言った。
「困ったお人たちや」
え? そんな言葉が理解できる。
オババがまた、皮肉な笑い方で片唇を上にあげた。だから、それ、カネの顔じゃ、似合わないって。いっぺん、鏡みてって。
「弥助、お前、いったい何者だ」と、オババが聞いた。
(つづく)
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