第15話 困ったときの言い訳は戦国時代でも同じ
天正元年(1573年)晩夏、浅井長政と朝倉義景を順調に滅ぼす予定の織田信長。
勝ち組の信長側についた私だけど、なぜか滅ぶ予定の負け組、朝倉義景の陣地にいるって、とぉってもマズイ立場なんだ。
別にいたいわけじゃない。流れでそうなっただけで、仲間の九兵衛ともはぐれて、もう最悪のピンチで。で、困ったとき、天才かよって案がピンと頭に浮かんだ。もうね、よっしゃと思った。
でもって、大抵の最高の案というのは大抵コケる。ま、それ、すごく凹むけど、この時思い浮かんだ最高案も、そんな意味で間違った選択だったわけだ。
責めるな、皆の者。私はアホなことしでかした。それは深く反省して認める!
大雨のなか、濡れて滑りやすい斜面を、ひたすら転ばないように遁走する兵に並走して走った。息が切れて喉が痛くなって、過呼吸で、だから頭ん中は真っ白で。
ゼイゼイいいながら、はぐれた九兵衛に見つけてもらうには、どうしたらいい。あ、そうか、この方法しかないって、パッと閃いたんだ。
朝倉義景が見張り台に立ったとき、5日後には、この人の命はもうないって思いながら、まぁいいかって、私、大声を出したんだ。
「殿!」って。
この私の声を聞けば、九兵衛が見つけてくれるって。だから、声さえあげればよかった。別に返事は期待してなかった。
「申してみよ」
見張り台に立つ武将、やたら几帳面で、わざわざ答えてくれた。
いいよ、もうね、そんな一介の足軽風情の女に気を使ってくれなくても。
でも、奴、しつこく聞いてくるんだ。
「申してみよ!」って。
武将、2回目の声は更に大きくなってた。
苛立っているのはわかる。敗戦の色が濃いとき、半端な気持ちじゃないよね。特に、そこに白い寝巻き姿で立っている朝倉義景は……。
え? あれ、義景さん、もう舞台から消えてる。
いつのまにか奥に引っ込んでる。
私の答え、聞かなくていいの?
いや、聞いてもらわなくてもいいけど。
ともかく、なにか言わなきゃいけない窮地で。たとえ、殿が引っ込んでも、みんな聞きたいのかもしれない。
で、この時に答えが、義景がいないって思った瞬間、また、ぱっと天才的に浮んだんだ。
「あ、あの!」
「申せ!」
「か、
言葉の途中で、いきなり背後から羽交い締めにされ、私は転ぶように引きずられた。
な、なに?
誰、なによ!
バタバタと襟首を抑えられ門のところまで下がると耳元で声がした
「まったく巫女どの、命知らずか」
「九兵衛!」
「静かに」
「でも厠の場所とか聞いたから」
チッ! という音が聞こえた。
九兵衛、呆れてるのか。
「皆の者、屯所で休め!」という声がした。
ほら、トイレ作戦、いつも通り何事もなくうまくいった。
これね、学校でさんざん使った奥の手なのだよ。ある意味、最強!
「厠に行きたいのか」
「いや、九兵衛が見つけると思ってな。言って見た」
「それだけのために」
「それだけだ。ほら、成功したじゃない」
「まったく巫女殿は」と、彼はため息をついた。
「来い」
私たちは屯所へ行き、そこで仮眠を取った。
翌日は嵐が抜けたあとの見事な青空が広がっていた。
「起きよ!」
板戸が開いて、足軽頭が怒鳴っている。起き上がろうとすると足がつった。マチの頑丈な体でも、やはり限界があるようだ。
「すぐに起きよ! ただちに出発じゃ!」
多くの兵が目をこすりながら、起き上がった。
私は隣で起き上がった九兵衛に囁いた。
「九兵衛、手柄が欲しいと言ったな」
「ああ、言った」
「逃げる」
「今からか」
「そう、この軍は逃亡兵が増える。それに乗じて逃げる!」
「手柄とは」
「信長は敗走する兵のための先攻を決めていた。けど柴田たちは失敗する」
九兵衛は頭をかいた。
「巫女の御宣託か」
「うん。信長に朝倉の敗走を教えよ。すれば、手柄になる」
史実によれば、信長は朝倉が逃げるのを待って、すかさず討てと命じていた。
下知は明確だったんだが、配下は朝倉の敗走を見逃した。
のちに信長はこの失敗を厳しく叱責したんだけど。
「よし、わかった」
彼はあっさりと同意すると立ち上がった。
私は不思議な気持ちになった。
「なあ、九兵衛。自分で聞くのも変だが、なぜ、私の言葉を信じる」
彼は眉を上げた。
それから、顔中のシワを寄せて笑った。
「お主が、それを聞くのか」
(つづく)
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