第4話 戦国時代に夫でもない男とふんにゃ〜〜って♡


 浅井長政が住む小谷城は、山の中腹にあり攻略の難しい山城であった。


 小谷城を守る多くの砦、出丸・金吾丸・大嶽城・月所丸・焼尾丸・福寿丸・山崎丸が尾根に沿って築かれていた。こうした天然の要塞を築いた浅井家は、力のある戦国大名だと思う。それこそ、新興勢力の織田家より、過去にはよほど高い地位にあった。


 私たち5人は九兵衛が浪人、その妻が私、母親オババと使用人のトミとテンという名目で、まず味方が陣をはる横山城にはいった。


 そうそう、琵琶湖を無事に渡りきった。ま、船頭がだけど。


 羽柴秀吉が前線基地としている横山城は砦に近い。私たちが到着した頃には、秀吉は浅井方の武将を寝返らせる算段に汗をかいているはずで、実際、これから起きる予定の『小谷城の戦い』でもっとも功績があったのは彼だった。


「ここで休むぞ」と、九兵衛は言った。


 横山城内は活気があったし殺気だってもいた。


「この砦から2時間くらいで小谷城だよ、オババ」と、囁き声でオババに言った。


 オババは汗を拭き、それから砦をながめた。


「2時間か。この夏の暑さのなか2時間か、水の補給が必要だな、熱中症になる」

「なあ」と、九兵衛が肩を抱いてきた。


 この男は女との距離感がおかしい。とても馴れ馴れしい。ときに馴れ馴れしいを通りこしてる。そして、それが嫌味にならないから困るんだ。


「い、いちじ、なんとか。ねっっちゅとか、なんとか。何の話だ」

「ええい。肩を離さんか」と、オババが手を払った。


 九兵衛は目を大きく開けると、それから、ガハハってな顔で笑った。


 この時代の人間は、私が思っていた以上に単純で、いっそ男女間の距離も近い。

 庶民しか会ってないので、上のほうがどうなってるかなんて、実際のところわからないけど。


 庶民にとって死は常に身近であって、みな刹那せつなに生きていた。


 情報が少なく、ほとんどの人は幼いころから働き学校で勉強するわけじゃない。


 民主主義なんて概念を誰も聞いたことのない階級社会で、でも、その階級も案外と敷居が低く、いろんな意味で自由な時代だった。


「明日は辛いぞ、今日は休んどけな」と言って、九兵衛は離れた。


 私たちは秀吉が管理する横山城で過ごし、翌日に小谷城へ行く予定で野営した。


 昼間、慣れない船に長時間ゆられ、そこから半日歩いて来たから、もう、疲れがたまって、そりゃ熟睡であります。


 そして未明、奴がきたんだ!


 人って、驚いたとき、とっさに声がでないことは多い。

 それでも、手も足もでないってほどでもない。

 この時代にきて、このゆるゆるの風紀を見知って、仲間のヨシだって速攻で妊娠か?って時代に予想はできていた。警戒はしていた。


 夏だから、野宿に近くて蚊も多いし、周囲は真っ暗闇。


 で、いきなり覆いかぶさってきた男。そう九兵衛だ。やつ、呆れたことに明け方に私を襲ってきた。驚いた。驚いたけど、この時代だ。予想はできていた。

 

 だから、私、汗臭い背中をチョンチョンって、九兵衛、気にしない。

 ガバって感じで足をねじこんでくる。


 とりあえず「もしもし」って言ってみた。


 どうも、かなり興奮なさっているようで聞こえてらっしゃらない。


「もしもし」って言いながら、今度は後頭部あたりをつついてみた。


 チョンチョン。


「なんだ」


 顔が笑っている。

 九兵衛よ、ほんと、おまえ節操がないな。


「あの、よろしければですが」

「なんだい」

「あの、少し落ち着かれてはいかが、かと」


 と、言った時だった。


「こらあ!」


 オババが大音声を発したんだ。


 だから言ったじゃないって、たいてい、後で言っても無駄だけど。あえて言いたい。だから言ってないけど、言ったじゃないか。


 オババは姑だぞ。そしてな、とても過剰な人なんだ、いろいろな意味で。ま、知らないだろうけど。


 で、結果として、

 九兵衛、いきなりオババにボコボコにされた。


 たぶん戦国武将なんだから強いと思うけど、手をださなかった。


 だから、言ったじゃないか。


 ポリポリ。


 これで後から「あんたも悪い。すきがあった!」なんて怒られるんだからな。

 きっと、怒る。


 オババの愛情は、孫>息子>私だから。

 いっそ、オババを襲えよ、九兵衛。


 で、その翌日。


 目の当たりに青あざをつくった九兵衛の顔を、トミもテンも私も見なかったことにした。


 オババだけが睨んでいた。


 朝陽が昇り木々の間から日差しが斜めに差し込み、小鳥が鳴き、そして、九兵衛はいきなり、頭を下げた。


「すまん。2度とせん」

「まあ、よい!」と、オババが言った。


 どっちが上じゃ。


 オババの良いところは根に持つ事がないところだけど、しかし、今回は少し根にもってる。


 それは、私の危機というより、の嫁になにをって気持ちだろう。厳密にはマチは嫁でさえないが。


 まあ、ともかく、その朝、私たちは小谷城へと徒歩で向かった。

 横山城から7キロくらいの距離、おそらく2時間ほど歩けば到着できる。


「アメよ」


 オババが睨んでる。


 いいかい、私のせいじゃないから。こういうのセクハラとモラハラが一昼夜で2度くることだから。


すきをつくるな!」


 ほら、やっぱり、怒ってる。


 だから、言ったじゃないか。

 言ってないけど……。


(つづく)

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