第24話 逃亡兵に、たった二人で奇襲威嚇!


 宇治川を渡りきると、小荷駄隊が船で搬送した鎧や武器を手渡してきた。なかなか手際がいいというか。


 小さなハマとカズは先に岸で待っていたが、溺れかけたヨシの姿が見えない。


「ヨシは? どこにいる?」


 真っ先にオババが聞いた。


「先に岸にあがっているはずだが……」


 宇治川を渡る途中、溺れかけたヨシは古川九兵衛に背負われ、私たちより、かなり早く岸に到着しているはずだった。


「あそこ、あそこにヨシがいる」と、ハマが言った。


 彼女が指差す先にヨシがいた。

 半腰になった九兵衛に、少し寄りかかるように、赤い顔をして腰を下ろしている。


「無事か。よかった」

「ともかく、まず身支度だ。とっとと鎧をつけておこう」と、トミが指示した。


 宇治川を渡ることで、織田軍にどれほど損害がでたか定かじゃないけど、もともと7万人という兵、数百人が流されたとしても、さして上のほうは気にしないだろう。私たち7人が無事だった。それだけでもよかった。


 槇島城は湖のような広い川に囲まれた天然要塞。だからこそ川を突破されると防御に弱い。城というより、城郭じょうかくを持つ砦のような城だったんだ。


 もともとは真木島昭光という豪族が支配していたけど、そこへ足利義昭が救いを求める形で入り込んだ。数日前の二条城戦で義昭の配下は織田軍に降伏し、主だった大将を削られた。


 だから城内に4000人も兵がいたら驚きというレベル。 

 数千人しかいない敵に信長が揃えた軍勢は7万人。


 戦いの勝敗は数だ!


 足利義昭直轄の兵はいないわけだから。もっぱら他の大名頼みの反旗だったわけで。そこに、18倍の、ありえない人数を揃えて取り囲んだ信長。この先の義昭、完全にフルボッコって、私、知っているわけ。


 将軍家が滅びる、今日は、その日なんだ。


「オババ」と、声をかけた。

「どうした」

「この戦いは一方的に信長側が勝利する。先に二条城を攻めて個々に軍勢を削り、膨大な数の兵で攻める戦略だから」

「じゃあ、戦いはないのか」

「ある、けど、勝つ。城は燃える」

「火攻めか」

「そう」


 どこもかしこも、人、人、人。槇島城の南側に布陣した私たちは人に埋もれていた。全軍が宇治川を渡りきり、しばし休憩して装備を整えたのち、これから一方的な攻めがはじまる。


「あの」と、オババに言った。

「いや聞きたくない、嫌な予感しかない」

「あの、ちょっと抜けたいんですが……。槇島城を見てみたいです」


 オババがあんぐりした顔で口をあけた。


「歴女を嫁女の上にして、かってに動くのか」

「は! 歴女なんで」


 私はニッと笑った。もうね、いてもたってもいられなかった。


 この場所、現代では大きな川があったなんて全く信じられない。埋め立てられ住宅街になっている。城跡としては石碑しか残ってないんだ。日本中のどこにでもある、ここにありましたっていう、わびしい石碑。


 しかし、今は!


 その城が、すぐそこにある……。私が転生したアバターおマチ、背が低すぎて、人混みに埋まって、城も城壁もまったく見えない。


 オババは仕方ないなって顔した。


「トミ、少し抜けてもいいか。様子を見てくる」

「危ないところにはいくな」

「わかっている」  


 私とオババは九兵衛に「用をたしてくる」と言って、隊列から離れた。


「それで」と、オババが聞いた。「これからの戦いは」

「歴史では、城門から撃ってでた50名ほどの足軽を、佐久間信盛や蜂屋頼隆が討ち取り、その後は壁を破って火攻めですけど、この人数には、足利側も負けだって思っているでしょう。城からこっそり逃げ出す者の方が多かったと」


 岸辺から西側に抜けると、夏の日差しが強く、宇治川の水面がキラキラと輝いていた。伸び放題の背丈ほどもある葦に隠れて城方面に近づいた。


 城が築かれたのは古く1221年なんだ。


 1573年から考えても350年以上も前のものだったから、穴もあき古びてもいる。この壁を破るの、7万の軍なら時間は必要ないんじゃないかって思ったよ。 


 葦を抜けると雑木が生え、その先に壁と城が見えた。


「オババ。あれだ」

「あんな石で積んだ壁を見たかったのか」

「いや、その先の城を……、今日、燃えてしまう最後の姿なんです。スマホが欲しい。写メしたい。そいでもって拡散したい」

「誰に?」

「え〜〜と、ま、戦国の人々に生中継で」


 話をしながらさらに近づくと、いきなりカサっという音が聞こえた。


「なんだ?」

「野犬?」


 その声に誘われたのか、あるいは女の声だからか、木の間から一人の男、あ、いや、二人? 違う、もっといる。


 まずい、5人も……、だ!


 こういうのって、出会い頭の事故?


 5人のむさい男ばかりで汚れた鎧を着用しているが、あきらかに織田側の装備ではない。


 やだやだ……、一番、会いたくない奴らに出くわしちまった。


「オババ。たぶん、逃亡兵だ」と早口で伝えた。

「逃亡兵?」

「織田の軍勢を見て、逃げ出してきたんだ」


 身をやつした男たちも訝しんでいる。

 そのうちの一人が、刀を抜いた。


「まずいよ」

「言われなくとも」

「ど、どうしよう」


 オババはキッと睨んだ。


「考えがある」

「いやな予感しかしませんが……」

「ここは、ハカだな」とオババがささやいた。

「へ? ハカ?」

「あのラグビーのハカダンスだ。敵を威嚇するやつだ!」

 

 ハカって、ハカって……。


 実は、昨年の夏に従姉妹の結婚式があって、あの夏はラグビーの試合で盛り上がっていた。それで結婚式の余興にニュージーランド選手が行う伝統のハカダンスを行ったんだよ。オババとその愉快な老人たち10人ほどでね。


 いやね、結婚式でお婆ちゃんたちとハカダンスなんて、全くしたくなかった。けど、成り行きで練習するはめになって、なかなか上手いって、いや、今、そこじゃない!


 戦国時代に、落ち武者に向かって威嚇って。

 それもハカでって、違うっしょ。


 オババ、相変わらず狂ってるというか、なんで、ハカよ。


「オババ、それ、今じゃないでしょ」

「いや、今でしょ」


 いや、絶対、ない!


 それに、結婚式でも最初はハカダンスじゃないんだ。

 オババはラップ好きで、ラップを最初に披露した。


 で、信じられん。

 オババ、高らかにラップした!


 落ち延びてきた雑兵たちに向かって、親指を立てて奇妙に腰を振った!

 いや、心霊現象のラップ音じゃないから。戦国庶民、いくら迷信深いっていってもラップ音、そもそも知らないから。だから、怖くないから。


 嘘だと言って。


 ここで、ストリートミュージックしてどうするの。


 「♫ヨオ、ヨオ、みなもの、ヨオ♫」


 義昭軍から逃げてきた5人の男たち、その高らかなラップ声にぎょっとした。


 え? 奇襲として成り立ってる?


 そりゃ、この時代の人、こんなリズム、びっくりを通りこして不気味だよね。


 あんたたち、こっそり逃げようとしてたんだよね。気持ち、わかるよ。

 だって、オババ、腹から声だして、奇妙な外国語使って、それに、もう声量があるから。


「おっし、ひるんどるぞ。次、いく!」


 で、腰を落として、腕を組んで、やっちまったんだよ。

 ここでもハカダンス。たった二人で渾身のハカダンス!


 戦国の足軽5人を前に……、

  

 ♫ Ka mate, ka mate! (私は死ぬ! 私は死ぬ!)

 ♫ ka ora! ka ora! (私は生きる! 私は生きる!)

 ♫ Ka mate, ka mate! (私は死ぬ! 私は死ぬ!)

 ♫ ka ora! ka ora! (私は生きる! 私は生きる!)

 ♫ Tēnei te tangata pūhuruhuru (見よ、この勇気ある者を)

 ♫ Nāna nei I tiki (この毛深い男が)

 ♫ mai whakawhiti te rā (太陽を呼び輝かせる)

 ♫ Ā, upane! ka upane! (一歩上へ! さらに一歩上へ!)

 ♫ Ā, upane, ka upane, (一歩上へ! さらに一歩上へ!)

 ♫ whiti te ra! (太陽は輝く!)


 そして、最後にガッツポーズで、気合いの!


「ウッ!」


 逃亡足軽たちも、「ウッ」ってなってた。


 そっちは、たぶん未知との遭遇のウッだったと思う。


「おっし、今だ、全力で逃げる!」


(つづく)

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