第22話 足利義昭VS織田信長の心理戦
京都府の南部、現在の京都府伏見区、宇治市、久御山町にまたがる地域は、かつて巨大な湖沼であった。
二条城が開城した数日後、全軍は1日かけて進軍、五ケ庄の柳山へ向かった。現在の宇治市に移動したんだ。なにせ7万人近い軍勢、兵糧などの荷物も多い。まるで民族大移動キャラバンのようだ。
足利義昭が
「あの城を攻めるんか。湖のなかにあって、とても行けそうにないが」
トミが聞いた。
なにかわからない事があると、私たちに聞くのが、みな当たり前になっていた。
「そう、あの城を攻めると思う」
「今回は、どや、前と同じで叫んで待ってればええんか」
「トミさん、残念だけど、そうはいかないんだ」
「しかし、見てや。あそこに行くには、川を渡るってことや。ハマやカズには難しい。流れが早そうや」
カズも小さいがハマは更に小さい。130センチほどでやせ細っている。
現代なら、9歳か10歳くらいの平均身長。この身体で、よくついてくると思うほど健気なんだけど、まあ、しかし、常に生活がジムで鍛えているのと同じだから、筋肉質でたくましくはある。
この苦労ばかりの時代は身体を鍛えるにはいいってことなんだ。
因みに、戦国時代の男性の平均身長は157センチほど、女性は147センチだ。
「流れが早いな」
「ああ」
「ハマは行ける。どこまでもついていける」と、彼女の小さな声が健気だった。
「そうか、ハマはすごいな」
目前には宇治川が流れていた。埋め立ての進んだ現代のように橋があるわけでもなく、川幅も広い。
数日前、雨がふって増水し濁流で流れも早かった。ここを渡るって、誰かが溺れても不思議じゃない。というか、7万人の兵のひとりにすぎない私たちが溺れたって誰も気にもしないだろう。
翌日、伝令が来た。
「川を渡るぞ!」
マジですか。
それは私たちだけでなく、誰もがマジかと思った。
信長の近くでは家臣がおずおずと聞いたはずだ。信長の行動を書いた書物に残っている。
昔? いや未来で読んだ。
家臣が言ったはずだ。
「ですが、お館様、ここは川の流れが速い。兵が溺れまする……」
「黙らぬか!」
話途中で信長がかんしゃくを起こすのは、よくあることだったようだ。膝にピッとムチをあてて怒鳴った。
「お前ら腰抜けか、それなら、ワシが先陣を切る!」
こうなれば、もう誰も止められない。
信長が勝利してきた理由、それはトップダウン方式の決断とスピードだ。
一方、足利義昭が籠城する槇島城は
ここで義昭は待っていた。
なにを?
直轄の兵を持たない義昭究極の最終兵器『将軍御内書』の結果をだ。
義昭は各国の武将に、将軍の威信をかけて、この最終兵器を乱発した。
文字通りの「ペンは剣よりも強し」を地でいった。
それこそが彼の力であり、見えない権力であって、義昭はその力を心から頼りにしていた。
時を味方にすれば、各国から助けがくる。あるいは、義昭、勝ちを意識したかもしれない。
地の利は義昭にあった。
時の利は信長にあった。
地と時の戦いで、どちらが勝つか、そこが勝負の分かれ目であって、二人の将は互いに、その勝負の先を見据えた。
信長は天下を意識して孤立し、そして、その基盤の脆さを配下の誰よりも理解している。いや明智光秀は理解していたかもしれない。が、しかし、羽柴秀吉は理解できていなかった。
史実に残る彼の言葉は『信長公は勇将であるが良将ではない』である。
その理由が『ひとたび敵対した者に対しては、怒りがいつまでも解けず、ことごとく根を断ち葉を枯らそうとされた。だから降伏する者をも
この残された言葉から、私はこう推察する。
時代の創造者たらんとした信長を理解していないと。
新世界を創造するという、信長の世界観を理解できなかったのだ。破壊することでしか、新たな創造はできない。その痛みの苛烈さに眉をひそめては誰も天下統一などなし得なかった。
そう、信長は痛いほどわかっていた。
この軍団を思うように動かすには、敵だけにとどまらす味方にも恐れられ、
そして、足利義昭との勝負が大きな別れ道であることを深く理解していた。
負ければ反勢力を勢いづかせる。
周囲の戦国大名は危機感を覚え、本気で信長を潰しにかかっていた。
鍵は足利義昭にあり、信長が7万という大軍を集中させたのも、まさに、この戦いの重要性を痛いほど深く理解していたからだったろう。
そして、将軍足利義昭も理解していた。
ここさえ守りぬけば、次の手が動く。槇島城の戦いが歴史上で忘れられたのは、信長の戦略が功を奏して大きな戦いにならなかったからだ。
その影で織田家臣は苛烈な戦いに疲弊し、その最下層、足軽にとっては限界を超えるハードな戦いが続く。限界を超える働きを要求され、多くの血と汗と涙を流した。
(つづく)
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