第21話 魔王の兵
信長が京の都へ進軍すると、京都民は逃げ出し誰もいなくなった。3ヶ月まえの4月、同様に上洛した信長は周辺の村を焼き払った。
当時、飢えた雑兵たちの収入源は略奪だったんだ。山賊となんら変わりなく、その上に関係のない盗賊まで加わって残虐の限りをつくしたから、みな、逃げちまったのだ。
これ、最近のアメリカ? 黒人差別から端を発した暴動と様相が似ていないか? 黒人の暴動は一般人を巻き込み略奪、最終的には内戦みたいな状態。
それが450年前の京都で起きていた。
焼き討ちの悲惨な記憶がまだ新しいから、みな怖かった。再びの信長上洛で生きた心地がしなかったろう。それこそ全財産を背負い子どもの手を引いて、クモの子を散らすように逃げ出していた。
それでも私は思ったんだ。
「信長の戦略って、美しいな」って。
「このどこが美しい」って、オババ。苛立ちがおさまっていた。
なぜって、大声で好き放題に叫んでいるからだった。ともかく、人ってイライラした時、大声だすと気分が晴れるものだ。
「この戦いは槇島城の戦いと文献にはでてるけど、歴オタでもない限り誰もしらないマイナー戦だから」
私たちは兵が
「槇島城の戦いなど聞いたことがない」
「それ、普通です。レア中のレア戦ですから」
「それで、この何が美しい」
「血を流さない戦いって美しいかと。信長って若い頃は先頭に立ち、ヤンキーのボスみたいな戦い方してたけど。39歳になって変わったと思う。兵を集めるだけ集めて、敵に神経戦を仕掛け、圧倒的多数で戦わずして勝つ。やるなぁって思うわけです」
「しかし、これが美しいのか? 城に向かって悪口を叫んでるだけだぞ」
「そうです」
話の合間に、オババは腹に力を入れ思いきり大声でぶっ放した。
「「お前のかあちゃ〜〜ん! でべそぉ!!」」
周辺では太鼓や鐘の音が激しく鳴り、私たちは鍋を叩いては敵が籠城する二条城に向かって悪態をついていた。
昨日は城を囲んで野営して、今朝から
「あほぉ〜〜! 弱虫! でてこいいい〜〜!」
「この腰抜けが〜〜!」
「くそっバカ!!」
「大馬鹿やろうのう○こたれ!」
「死ね!」
「これ以上、悪口が思い浮かばん〜〜!」
「明智光秀によろしく、誰か読んでくれぇ〜〜!」
総勢7万人の軍勢が四六時中、城に向かって叫ぶ。城内にいる人はキツイと思う。うるさすぎて耳が痛いのだ。
罵声に負けないよう、オババが顔を近づけた。
「これが美しいのか」
「血も流れず、最高かと」
「声が涸れるが」
と、背後の方から肩を叩かれた。
「おカネおマチ、しっかり叫んでるか」
我らの小頭九兵衛だ。目が笑っている。
「叫んでます!」
「声が小さい」
「九兵衛殿……、酒瓶が顔にあたる」
彼の身長は170センチほど、この時代にしては、かなり背が高い。その彼が眼前で酒瓶をぶらぶらさせると、顔にあたりそうで危ない。昼間っから酔っているのか。
「いつまで、ここで包囲しているんですか」
「そりゃあ、あれよ。中の奴らが音あげて、出てくるまでよ」
「まだ、誰も出てないのですか?」
「いや、武将がふたり、1日で出て来やがった。面白くもねぇ。お公家なんちゅうのは武士を名乗っても、ひ弱いな」
「じゃあ、あと1人ですね」
「あと1人か! それで開城するんだな、とすると、城攻めにはならんか」
声が低くなった。戦いがなければ手柄も立てにくい。がっかりしているのだろう。
「降伏しますよ、今頃、調略に向かって」と、言ってから、はっとした。
「ほお、巫女殿には先がわかるか、が、そりゃ、つまんねぇ予言だな」
しまった、ついつい口が滑った。
二条城を取り囲んで、今日で2日。おそらく、あと1日か2日で最後の一人も落ちるはず。そのために柴田勝家が二条城へ調略に行っているはずだった。
九兵衛が怪訝な顔でこちらを見ている。
周囲は大騒ぎの最中。
しかたない、やるか……。
私は、それらしく目を閉じた。誰だっけ、こういう時に真似するのは、そうかアマテラスみたいに両手を天にって、アマテラスが天に向かって手をあげたかどうかは確証がないけど。ついでに、ヴィジュアル系ドラマーのように頭を激しく振った。
「でました! お告げです。おおおおお……」
九兵衛は驚いた顔で目をむいている。
「降りてきました。アメ神さまのご宣託でございます。あと……、2? そう、2日でございます」
大げさに叫ぶと、私は、ついでに、その場に倒れた。
オババが呆れている。
九兵衛といえば、少したじろぎ、それから、へっと言った。
「あと2日」
「そ、そうか。わかった、何か欲しいか」
「食べ物」
「すぐ届けよう」
「寝床も。疲れてございます」
「わかった、俺が許す。その辺の民家で寝てこい」
「ありがとうございます」
九兵衛が去ると、オババは爆笑した。
「アメ、なかなかの演技だった」
「苦肉の策です」
「じゃ、みんな、行くか」
「いいんか」と、トミがうろたえている。
「小頭の許しが出たんだ。休もう」
そうして、私たちは無人の民家に勝手にはいり休んだ。
ハマとカズはすぐ熟睡した。体の小さい彼女たちにはハードな日々だと思うが、文句も言わずについてくる。素直な子たちで、自分の子のように可愛くなっていた。
他のふたり、ヨシは高慢ちきな態度で何よという様子だ。「ありがとう」と軽く言えないのが彼女だった。いつものように、テンはどこにいるのかわからない。
そして、2日後、最後まで残っていた三淵藤英が柴田勝家の説得を受け入れ開城した。こうして、4日で二条城は陥落した。
(つづく)
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