第18話 戦国時代に壁ドン!


 信長が丁野山ようのやま砦を攻め終わった頃に話を戻す。

 私と九兵衛は信長を探して歩いていた。


「なあ、九兵衛」

「なんだ」

「さっきも聞いたが、なぜ、私の言葉を信じる」

「そりゃ、あんたが巫女さまだからさ」


 即答して彼は笑いながら一瞬だけ目を閉じ、人差し指で頬のあたりをかいた。

 だから、これは嘘だって思った。

 間違いなく九兵衛は嘘をついていると確信した。


 なぜかって?


 現代教育を受けた人間を甘く見てはいけない。

 それはね……、FBI捜査官であったマーク・ブートンが、その著書に書いていたあれだからさ。


 現代の心理学を駆使したFBI捜査官の本を呼んだ私、なめてもらっちゃあ困る。

 まるっとお見通しよ。


 彼の著書によれば、1秒以上目を閉じたときは嘘をついてる。その上、嘘をつくと顔がかゆくなるそうだ。


 とりあえず、九兵衛、目を閉じて、それから顔をかいたから。


「嘘だな!」と、私は断固として言った。

「おいおい」

「なぜなの。何か理由があるでしょう」

「全く巫女さんは、あいつの言う通りだ。言うことが普通じゃねぇ」

「あいつ?」

「うぉっと」

「あいつとは誰よ」

「しょうがねぇなあ。そりゃ、ヨシのことだよ」


 ヨシとは私たちが明智軍の兵に志願して仲間になった。どこか影があり扱いづらいタイプで、初対面から苦手だと思ったんだ。


「ヨシと、いったいどういう関係なんだ」

「妬いてるのか」


 そこ? いま、そこ?


「その能天気な頭を一回、叩こうか」

「なんだ、妬いてないのか」

「九兵衛、真面目に聞いてるけど」


 彼は立ち止まると、真剣な表情で私を見た。


「こっちも真面目に聞いてるぞ」


 九兵衛はまばたきもしない。ただ、こちらを見ている。いや、私の目をまっすぐに見ている。

 なんか、変。これ、まずい方向?

 これは、まさか、壁ドンパターンか。で、今、真近にあるのは杉の大木。


 おっと、これ、壁ドンならぬ杉ドンかぁ?


 待て待て待て〜ぃ!


 全く、男も女も倫理観に欠けている。この時代、女性が少ないことが理由だと思うが、赤ん坊の間引きとか、現代なら大騒ぎになりそうなこと普通にあるから。


「九兵衛、実際のところヨシとはどういう関係なんだ」


 彼は黙った。

 ときどきだけど、九兵衛はなにかの拍子に胸をかきむしりたくなるような表情を浮かべる。横に向けた顔があまりにも不幸に見え、一瞬、彼を慰めてやりたいと思った。その表情の奥にある不幸を手で拭い、しっかりと取り除いてやりたいと思ったんだ。


 これはまずいよ、九兵衛。そのメンタル崩壊顔をやめてくれんか。


「九兵衛」


 冷静な声で名前を呼ぶと、ふいっと彼は歩きはじめた。

 気分がスィッチを入れたように切り替わった。


「ヨシがな、奇妙な二人組みがいると言っていた。それで興味を持ってな。だから声をかけて。あんた達、小荷駄隊を俺の隊として引き入れたんだ」

「ヨシを前から知っていたのか」

「ああ、知っていた。同郷だよ」


 そう言うと、彼は振り返った。そこには、先ほど一瞬見せたエグい表情はなく、いつもの大胆で人好きする九兵衛がいた。私は彼を知るための何かを失ったことに気づき、そして、それは少しだけ残念だと思った。


「信長を探そう」と、軽く微笑んだ。

「ああ、そうだな。今日はいい天気だ、見晴らしもいい。見つけるのは楽だろう」

「そうだな、九兵衛」


それから、私たちは黙々と歩くことに集中した。


(つづく)

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