第17話 身分によってイケメン度がちがう戦国時代
馬と
「気が済んだか」と、オババが聞いた。
「明智光秀だった」
「そうだな」
「明智光秀」
「ああ」
「会いたかった」
「ま、いちおう確認しておくが」と、オババが続けた。
「私は、今はこんな身体に入っているが。アメの夫の母親なんだが」
「えっ?」
「姑だ!」
「あれ?」
「あれじゃない!」
光秀とその軍団が本丸へ入ると、潮が引くように人々は日常作業に戻り、私たちは再び二ノ丸内を歩いた。そして、足軽小頭だという男に引き合わされた。
「お前たちが、例の荷車に火をつけた者たちか」と、彼は笑った。
これがなかなかいい男だった。
この時代は階級が上がるほど、身長も高くイケメン率が上昇している。
顔とか体格とかは階級に現れた。その大きな理由は食べ物だ。肉などのタンパク質を食べていれば体格は良くなる。戦後の日本人の身長が伸びた理由だって、それなんだよ。
英国の話だけど、貴族と労働者との体格があまりに違うので、貴族自身が驚いた話がある。1904年のボーア戦争のとき、6割近くの庶民の若者があまりに貧弱な体格で徴兵できなかったというんだ。これも食事が貧相だからって理由だけど。
戦国時代の食事も炭水化物ばかり。粟とか麦とか、ともかくご飯だけで肉がないんだ。野菜だって少ない。ひたすら炭水化物。なんだったら給与自体が米を基準に支払われてる。
私たちに声をかけた男は体格が良かったから、食事がいいのだろう。
「お前たちが、例の荷車に火をつけた者たちか」
小荷駄隊ホ組の仲間が冷や汗かいているのがわかった。
罰を受けるかもしれないって思ってる。
だから誰も顔をあげなくて、で、こんなときも、やはりオババはオババだった。
「つけましたよ。襲ってきた敵が多くて、このままじゃ、荷物を奪われるって思いましたからね」
「それをいいと思ってる言い方だな」
「敵に食料とか奪われるより焼いたほうがマシだ」
男はニヤリとした。
「確かにそうだ。あの場で、とっさによい機転だったと言わざるをえんな」
「見ていたのですか」
「見ていた」
オババは顔をしかめ、男を睨んだ。
「あんた、名前は」
「こりゃ、また、気の強い女だ」
「名前は」
「古川九兵衛という」
「そうか、味方を殺してもなんとも思っておらんのだろう」
トミが顔を上下させて汗をかいていた。
「また、変わったことをいう女だ。だが面白い、気に入った。お前の名前は」
「カネという」
オババの堂々とした態度に、古川九兵衛と名乗った男は目を丸くしていたね。
織田軍配下の足軽小頭って、現代でいえば超優良大手企業の課長クラスかな。
戦国時代の戦場ではトップの武将なんて1割もいない。団体戦だから、ほとんどの現場で雑兵たちが戦うんだ。
現場の実働隊の長、足軽小頭といえば、企業で言えば中間職の課長くらいだと思う。その上の足軽大将が部長ってとこか。
だから、結構、偉い人。その人が目を丸くしてオババを見ていて、ふいに破顔した。
「お前が、あの時、火つけしてくれたお陰で、罠にかかった敵を
「どうも」って、オババ、声が対等だから。
目の前のお人好しそうな小柄な40代の女は、ほんとは80歳近くの老婆で、そうとうの曲者だからって、私、言っちゃいそうだった。
「それでお前たちをわが配下に加えようと思う。足軽に取り立てよう」
「え? われら7人ですか?」
トミが驚いた。
「そうだ。正式に足軽として取り立てられれば、雑兵なんかと違い、食い扶持も多くなるぞ」
表情のないテン以外の仲間の顔に喜色が現れ、私とオババは顔を見合わせていた。
戦国時代で出世しちゃったって、これ、いいことなん?
まずいんじゃない。出世しに来たわけじゃないから。
「俺は足軽小頭だが、別名があってな」と、古川九兵衛は鼻を縮めて笑った。
年齢にして27歳くらいかな、これが、なんとも魅力のある男なんだ。
「別名、俺は足軽頭の一番槍とも呼ばれている。これからは足軽の時代だ。俺は配下に器用な奴がほしくてな。それで、お前たちに目をつけた。これからは女の時代でもあると思うぞ」
いや、それ、どっかで聞いた。どっかの時代の花形コピーでも聞いた。
大抵は言葉だけで、結局は都合のいいように利用されるんだ。
「はあ」と、トミが答えた。
「お前たち、これまでなんと呼ばれていた」
「小荷駄隊ホ組です」
「そうか、小荷駄隊ホ組か」
トミは頬を紅潮させ、食い気味に返事しようとして、一応全員の顔をチラリとみた。
「いいよな」と、彼女は言った。
ハマとカズは素直に首を縦にふるし、テンはいつもトミの背後をついていく。ヨシも顔には出さないが喜んでいるのは間違いない。
足軽になるって、それは武家になることなんだ。もう農民じゃないってことだ。
「寝場所は城内に家を用意してやろう」
「ほ、ほんまでっか」
「今までより、よほどましな暮らしになるだろう。食い扶持も増える、文句はなかろう。な!」
「はい! よろしゅうお願いします」
「よし、お前たちは今日からこの俺の配下、足軽ホ隊だ。励めよ。タツ!」
彼は背後にいたひょろとした男に声をかけた。
「へい!」
「こやつらに家を
小荷駄隊あらため足軽ホ隊の仲間たちは嬉しそうだ。
でも、これ、まずいよ、天正元年(1573年)の夏に向かう明智軍って、これまずいよ。
でもね、否応無しにタツに新しい長屋に案内され、全員がその粗末な家に喜んでいるところで、オババを影に呼んだ。
「オババ」
「鉄砲隊に入りたかったんじゃなかったのか。その顔、不服そうだが」
「そ、そう、確かに言ったけど」
「問題があるのか」
「ここへ来て、考えを変えたんです」
「どう、変えた」
「荷物運びのほうが、まだ、生き延びられるかと。鉄砲隊なんて机上の空論でした」
「ええい、足軽から鉄砲隊になれば食えると言ったのは、アメじゃ」
「他に方法が思いつかなかったんで」
「どうする」
「逃げますか」
「どこへ」と、オババが聞いた。
「槍、練習しましょう」
オババは左唇を上にあげると皮肉な笑顔を作った。
その日から、槍を与えられ練習することになったんだ。
槍だよ。これ、あたったら死ぬよ。扱いかたが下手だと怪我するから。そいでもって、昔から不器用な私。身体はマチでも脳はアメだからね。
槍、そいでもって、重い。
「オババ」
「ああ、後のことは後で考えよう」
オババは嘆息しながら、着物の前を合わせた。
「それより、私たち、いつまで、この時代にいるんだ」
「それがわかれば苦労をしないんだけど」
(つづく)
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